あたしたちは裏庭に出た。 夜、ここに出るのは、何度目だろう。あたしは周囲を見回す。あの白い影……アストリットは見えなくなってる。 ほんとにどこに行ったんだろ? あたしの「中」に「戻った」のかな? 「ああ、あれですよ」と、ガブリエラが言った。 「え?」 あたしは、一度ガブリエラを見る。そして彼女の視線の先に目をやる。そちらには林があって、いつだったかな、イルザから「武器をしまい込んでいる」っていう倉庫があるって聞いたな。 「あれ、って?」 「あの林の中には、こちらに逃げ込んできた時に使える、武器を隠してある倉庫がございます。先日、お屋敷の武器庫から、短銃類がゴッソリと紛失するという事件がございましたが、それらはリネン室から持ち出したシーツにくるまれて、あの倉庫の中に無造作に置いてあったそうです。私も含めたお屋敷勤めの騎士の内、六名で捜索したんですよ? どうしてあんなところにあったんだろう、と、未だに謎なのです。例の殺し屋どもの件が最優先ですので、本格的な検討は先延ばしになっておりますが、おそらく殺し屋どもの仕業であろう、ということになっております」 と、ガブリエラはちょっと険しい表情になる。
……………………。
いや、それやったの、あたしなんだわ、悩ませてゴメン……。
ていうか、多分、アストリットかな? アストリットって、もしかしたら、あたしが熟睡してるとかで意識がない時は、あたしの体を自由に動かせるとか? ていうか、なんでアストリットは、あんなことしたのかな? アメリアを殺さないで、グートルーン……ウンディーネの情報を仕入れるため?
ま、いいか。 あたしはガブリエラに適当に相づちを打って、周囲を見る。やっぱりあの影はない。 アストリットは何を伝えたかったんだろう? 数歩、歩いて、ふと。 「ねえ、ガブリエラ、この裏庭の先は何があるの? 確か、お堀があって塀があるのよね? その先は?」 雲で空が覆われてるせいか、暗くてよく見えない。確か、お堀があって、塀があるのよね。 「深さ十二エル(約四.八メートル)、幅十五エル(約六メートル)の水路があり、人一人が立てる程度の足場があって、すぐに市壁があります」 「しへき……」 なんだっけ、それ? まあ、いいや、朝になったらイルザに聞こ。 「そういう状態ですから、裏庭の側(がわ)からこちらに侵入することは不可能か、と思われますね。お屋敷に侵入するのでしたら、やはり、正面の大門からかと」 「ふうん……」 それを聞きながら、あたしは裏庭のずっと先にある塀を見ながら、ふと、こんな言葉が口を突いて出た。 「ウンディーネだったら、あの塀とか、飛び越えそう」 「え?」 ガブリエラが怪訝な表情になる。あたしは続けた。 「ほら、ウンディーネだったらさ、あのぐらいの塀、ひよーん、って飛び越えそうじゃん?」 あたしの言葉に、ガブリエラが塀の方を見る。 「いや、でも、お嬢さま、あの塀の向こうには水路があって、その先には足場らしい足場はなくて、すぐに市壁になってます。市壁の高さは、かなりありますから、いくらあの女でも無理なのでは? それに市壁からあの塀の間には 水路があります。あの女には水練の技術はないようですから、それだけでヤツに対する牽制になるはず」 「いやいや、わかんないわよ? 三角跳び?だっけ? ああいう感じで、ぴょーん、ぴょーんって!」 あたしの言ったことを聞き、ちょっとだけ唸ったガブリエラだけど、不意に柔らかい笑みになった。 「……なに、ガブリエラ、あたし、なんかおかしなこと言ったかな?」 「失礼しました!」 小声だったけど、ガブリエラは姿勢を正し、気合いのこもった返事をする。 「わ! ビックリした! そんなにかしこまらなくても、いいわよう! 今まで通りでお願い!」 その言葉に、ガブリエラは少しだけ間を置いて。 「では、失礼して。……正直なところ、少し驚きました」 「驚いた? 何に?」 柔らかな笑みでガブリエラは言う。 「私のような下級騎士は、お屋敷周辺の警護や市中見回りの指揮の任務が多く、お嬢さまを遠くからお見守りするだけで、言葉を交わすどころか、そのお声を耳にしたことさえないのです。ですから、遠くからお姿やお振る舞いを拝見していて、とても近寄りがたい高貴な空気をまとったお方だと、拝察しておりました。ですが、実際にはとても親しみやすいお方なのだな、と」 うん、あたし、庶民だからね。……ああ、そっか、そうだわな。アストリットは貴族の令嬢、そもそもの振る舞いが違うか。こりゃあ、あたしが元の世界に帰った後は、ちょっと面倒なことになるかも。元のアストリットがどんなだったかわからないけど、実はツンツン澄ました女だったりしたら、急に「妾(わらわ)に、なんと無礼な口を利くのぢゃ!」なんてことになったりしないかな? 「……どうかなさいましたか、お嬢さま?」 訝しげにガブリエラが聞いてきたんで、あたしは「なんでもない」と、ごまかした。
それはそうと。
確かに、ウンディーネの脚力は侮れないけど、今夜、アストリットが現れたのは、もっと違うことを知らせたかったからのような気がする。 それが何かは、わからないけど。
ドアから、お屋敷に入り、あたしは例の非公開の処刑場へ繋がってるっていうドアを見た。 「ねえ、ホントに、見たの、幽霊……?」 怖いのに、なんでわざわざ聞くんだっ!?って話だけど、よくあるよね、そういうの? 怖い話ほど聞きたいっていうヤツ? ドアを見たガブリエラが頷き、あたしを見た。 「二階の巡回をして階段を降りた時に、あのドアが開くような音を聞いて、何気なくそちらを覗いたら、……いたんです、処刑されたはずのアメリアが……」 「……ウソ……」 確かイルザが言ってたわよね、アメリアは処刑したって……。いつの周回だったか、覚えてないけど……。 「目が合うと、ニヤリとしてそのまま、向こうに消えていきました……。アメリアを入れた死体袋、確かに中身も見ましたし、役目の者に引き渡すところにも立ち会ったのに……! 急いでドアのところまで行って開けたんですが、影も形もなくて……!」 ガブリエラが震えた声で言った。 うわあああああああ……! ナムナムナムナム! ゴメンね、アメリア! でも、殺し屋なんてやってる、あなたも悪いのよ!? だから、あたしの枕元に化けて出ないでね!! あたしは、ドアに向かって、震える手で合掌し、一生懸命、拝んでた!
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