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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第48回   裏庭に、何があるんだろう……?
 あたしたちは裏庭に出た。
 夜、ここに出るのは、何度目だろう。あたしは周囲を見回す。あの白い影……アストリットは見えなくなってる。
 ほんとにどこに行ったんだろ? あたしの「中」に「戻った」のかな?
「ああ、あれですよ」と、ガブリエラが言った。
「え?」
 あたしは、一度ガブリエラを見る。そして彼女の視線の先に目をやる。そちらには林があって、いつだったかな、イルザから「武器をしまい込んでいる」っていう倉庫があるって聞いたな。
「あれ、って?」
「あの林の中には、こちらに逃げ込んできた時に使える、武器を隠してある倉庫がございます。先日、お屋敷の武器庫から、短銃類がゴッソリと紛失するという事件がございましたが、それらはリネン室から持ち出したシーツにくるまれて、あの倉庫の中に無造作に置いてあったそうです。私も含めたお屋敷勤めの騎士の内、六名で捜索したんですよ? どうしてあんなところにあったんだろう、と、未だに謎なのです。例の殺し屋どもの件が最優先ですので、本格的な検討は先延ばしになっておりますが、おそらく殺し屋どもの仕業であろう、ということになっております」
 と、ガブリエラはちょっと険しい表情になる。

 ……………………。

 いや、それやったの、あたしなんだわ、悩ませてゴメン……。

 ていうか、多分、アストリットかな? アストリットって、もしかしたら、あたしが熟睡してるとかで意識がない時は、あたしの体を自由に動かせるとか?
 ていうか、なんでアストリットは、あんなことしたのかな? アメリアを殺さないで、グートルーン……ウンディーネの情報を仕入れるため?

 ま、いいか。
 あたしはガブリエラに適当に相づちを打って、周囲を見る。やっぱりあの影はない。
 アストリットは何を伝えたかったんだろう? 数歩、歩いて、ふと。
「ねえ、ガブリエラ、この裏庭の先は何があるの? 確か、お堀があって塀があるのよね? その先は?」
 雲で空が覆われてるせいか、暗くてよく見えない。確か、お堀があって、塀があるのよね。
「深さ十二エル(約四.八メートル)、幅十五エル(約六メートル)の水路があり、人一人が立てる程度の足場があって、すぐに市壁があります」
「しへき……」
 なんだっけ、それ? まあ、いいや、朝になったらイルザに聞こ。
「そういう状態ですから、裏庭の側(がわ)からこちらに侵入することは不可能か、と思われますね。お屋敷に侵入するのでしたら、やはり、正面の大門からかと」
「ふうん……」
 それを聞きながら、あたしは裏庭のずっと先にある塀を見ながら、ふと、こんな言葉が口を突いて出た。
「ウンディーネだったら、あの塀とか、飛び越えそう」
「え?」
 ガブリエラが怪訝な表情になる。あたしは続けた。
「ほら、ウンディーネだったらさ、あのぐらいの塀、ひよーん、って飛び越えそうじゃん?」
 あたしの言葉に、ガブリエラが塀の方を見る。
「いや、でも、お嬢さま、あの塀の向こうには水路があって、その先には足場らしい足場はなくて、すぐに市壁になってます。市壁の高さは、かなりありますから、いくらあの女でも無理なのでは? それに市壁からあの塀の間には 水路があります。あの女には水練の技術はないようですから、それだけでヤツに対する牽制になるはず」
「いやいや、わかんないわよ? 三角跳び?だっけ? ああいう感じで、ぴょーん、ぴょーんって!」
 あたしの言ったことを聞き、ちょっとだけ唸ったガブリエラだけど、不意に柔らかい笑みになった。
「……なに、ガブリエラ、あたし、なんかおかしなこと言ったかな?」
「失礼しました!」
 小声だったけど、ガブリエラは姿勢を正し、気合いのこもった返事をする。
「わ! ビックリした! そんなにかしこまらなくても、いいわよう! 今まで通りでお願い!」
 その言葉に、ガブリエラは少しだけ間を置いて。
「では、失礼して。……正直なところ、少し驚きました」
「驚いた? 何に?」
 柔らかな笑みでガブリエラは言う。
「私のような下級騎士は、お屋敷周辺の警護や市中見回りの指揮の任務が多く、お嬢さまを遠くからお見守りするだけで、言葉を交わすどころか、そのお声を耳にしたことさえないのです。ですから、遠くからお姿やお振る舞いを拝見していて、とても近寄りがたい高貴な空気をまとったお方だと、拝察しておりました。ですが、実際にはとても親しみやすいお方なのだな、と」
 うん、あたし、庶民だからね。……ああ、そっか、そうだわな。アストリットは貴族の令嬢、そもそもの振る舞いが違うか。こりゃあ、あたしが元の世界に帰った後は、ちょっと面倒なことになるかも。元のアストリットがどんなだったかわからないけど、実はツンツン澄ました女だったりしたら、急に「妾(わらわ)に、なんと無礼な口を利くのぢゃ!」なんてことになったりしないかな?
「……どうかなさいましたか、お嬢さま?」
 訝しげにガブリエラが聞いてきたんで、あたしは「なんでもない」と、ごまかした。

 それはそうと。

 確かに、ウンディーネの脚力は侮れないけど、今夜、アストリットが現れたのは、もっと違うことを知らせたかったからのような気がする。
 それが何かは、わからないけど。

 ドアから、お屋敷に入り、あたしは例の非公開の処刑場へ繋がってるっていうドアを見た。
「ねえ、ホントに、見たの、幽霊……?」
 怖いのに、なんでわざわざ聞くんだっ!?って話だけど、よくあるよね、そういうの? 怖い話ほど聞きたいっていうヤツ?
 ドアを見たガブリエラが頷き、あたしを見た。
「二階の巡回をして階段を降りた時に、あのドアが開くような音を聞いて、何気なくそちらを覗いたら、……いたんです、処刑されたはずのアメリアが……」
「……ウソ……」
 確かイルザが言ってたわよね、アメリアは処刑したって……。いつの周回だったか、覚えてないけど……。
「目が合うと、ニヤリとしてそのまま、向こうに消えていきました……。アメリアを入れた死体袋、確かに中身も見ましたし、役目の者に引き渡すところにも立ち会ったのに……! 急いでドアのところまで行って開けたんですが、影も形もなくて……!」
 ガブリエラが震えた声で言った。
 うわあああああああ……! ナムナムナムナム! ゴメンね、アメリア! でも、殺し屋なんてやってる、あなたも悪いのよ!? だから、あたしの枕元に化けて出ないでね!!
 あたしは、ドアに向かって、震える手で合掌し、一生懸命、拝んでた!


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