「ああ、まただ……」 「どうかなさいましたか、お嬢さま?」 あたしの呟きに、隣を歩くガブリエラが首を傾げる。 「階段を降りるところまでは、その姿を確認できるの。でも、階段を降りきって、一階に来ると、影が見えなくなる……ていうか、いなくなるんだ」 あたしはあちこちを見回すけど。どこにも白い影は見えない。確かに今は夜だけど、照度を落とした照明があるんだから、何かがいれば見えるし、そもそもあの影は、そういうのとは無関係に見えるのよね。それが見えなくなるなんて、なんか、理由があるのかな? あたしはふと、騎士たちの詰め所がある方の通路を見た。いくつか、何に使っているか分からない部屋、そして。 「ねえ、ガブリエラ、この通路の先にあるドア、どこに繋がってるの?」 意識したことなかったけど、通路の行き止まりにあるドア、今はなんか、気になってる。 「ああ、あのドアは……」 言いかけて、ガブリエラは、なんか、戸惑ったように口を閉じる。 「? どうかしたの?」 「いえ、どうかした、というわけでは」 「内緒の部屋、とか?」 考えたくないけど、例の棄民街とかいうところに繋がってるんじゃあ……? だとしたら、ちょっと怖いな。 「ねえ、ガブリエラ、もしかして棄民街に繋がってる、とか……?」 「いえ、棄民街は、別の所にあって、その出入り口は厳重な管理がなされています。お嬢さまがご心配なさることではございません」 そして、気を取り直したように、ガブリエラは言った。 「あのドアの先には、この領内で何らかの罪を犯し、領主シーレンベック卿の裁量下にある者を収容する施設がございます」 犯罪者を収容する施設。つまり。 「刑務所に繋がってるってこと?」 頷いて、ガブリエラは続ける。 「はい。そして、さらにその先には……。非公開の処刑場がございます」 今のガブリエラの言葉が頭に染みこんできた時、あたしは小さく息を引いた声を上げていた。 「しょ、しょけい、じょう……。この世界だから、ギロチン、かな?」 上から、デッカい刃物が落ちてきて、首をストン!って落とす……。想像するだけで、背筋が寒くなってきたわ……。 「? この世界? 私の聞き間違いでしょうか?」 「う、うん、聞き間違い聞き間違い!」 そうだったわ、ガブリエラは、あたしが「アストリット」だって思ってるんだった! 事情を知ってるのは、お屋敷の騎士の人たちの中では、直接「前のあたし」と接してた人たちだけなんだったわ! 「そうですか……。てっきりお嬢さまは、ご存じだと思ったのですが。ギロチンなどの斬首刑は、基本的には騎士階級以上の者のみに処される刑罰です。そのような者は王都に移送され、上院下院の議会を通すか、国王陛下の直接の裁可によって、斬首されます。ここにあるのは、絞首台で、ギロチンは王都にのみ、あります。ただし、斬首用のエクスキューショナーズソードでしたら、こちらにも一本、備えてあると聞きました」 「そうなんだ。でも、初めて知ったわ、ギロチンが騎士以上の人の刑罰だったって」 「一撃で確実に絶命しますので、死に臨む痛みを感じることがない、それだけ『優しい』から、騎士階級以上なのだとか。もっとも、過去の記録を見ると、そうでもないようなのですが……」 と、ガブリエラは引きつったような笑みを浮かべて、ドアの方を見る。で、なんとなく、思ったんだ。 「……ひょっとして、“出る”の……?」 ガブリエラがこっちを見る。引きつった笑みで、少しだけ頷くように頭を動かし、小さい声で「それらしいものを、一昨日の深夜に……」と呟く。 ……ああ、それで、さっきドアのことを聞いた時、言いよどんだのか。もしかして、あたしが見てる影が、処刑されて死んだ人の幽霊って思ってる? 違うって言いたいけど、言う訳にはいかないしなあ。 ていうか。 「……別の所に行こうか、ガブリエラ……?」 引きつった笑みのまま、ガブリエラは頷いた。 「出る」って聞いてなくても、ここから、離れたいわ、すぐに!
で、歩き始めた時、あたしはふと、あるワードに気づいた。 「さっき、『非公開の処刑場』って言ったわよね、確か? ていうことは、公開の処刑場もあるっていうこと……?」 ガブリエラは「今さらおかしなこと聞くなあ」って感じの、きょとんとした表情で答えた。 「通称・西市民広場の一角にありますよ、絞首台が。領主様に処刑の裁量権がある罪人のうち、特別の事情のない者が処刑されていますが?」
うわああ……! マジ、怖いわぁ、中世世界……! 中世ファンタジーって、マジでファンタジー、実際は中世暗黒世界だわぁ!
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