一応ベッドの上に寝転んではみたけど。 随分長く寝転んでたけど、どうにも眠れない。 そもそも、今、あたしがここに「アストリット」として存在すること自体、なぜなのかがわからない。ほかの誰かであってもよかったはず。仮にその理由がわかったとしたら、例えばハインリヒとかが、いつでも「魂寄せの秘法」を解呪できるっていうんなら、こんなに悩んだりしない。 つまり。 「あたしがいなくなったら、きっとアストリットは死んじゃって、ユミルが復活するんだろうなあ……」 あたしは自分の右手を見る。あくまで感覚として、だけど、ものすごい怪力が出せるように思う。水路通りでは、ひと一人をブン投げたけど、多分、あんなものじゃない。ウンディーネが樹を蹴り折ったっていうことだけど、そのぐらいのことが簡単にできるような、そんな気がする。 その力が、巨人レベルに拡大したら。 ちょっと考えただけで、身震いがする。 あたしはため息をついて、照度を落とした部屋の天井を見る。 「みんな、心配してるかなあ」 元の世界では、あたしは、どういう状態になってるんだろう。普通に考えたら、意識をなくして昏睡状態ってところかな? それとも、感情のない、自動的に受け答えをして行動を取るロボット? もしかして別の誰かが入って、あたしみたいにいろいろと困ってたりして。 「案外、あっちのあたしの中には、アストリットが入ってたりしてね」 そう呟くと、なんだかおかしくなって、あたしは自然と笑いを漏らす。 次の瞬間だった。
ゴトゴトッ!!
あたしの中からそんな音がした! 「なになになに!?」 その音は、いつかあの「謎の影」を見た時の音に似ていた。ていうか。 「……そうか、あの音、あたしの『中』からしてたのか……」 多分、この音はあたし以外の誰にも聞こえない。そしてあたしは確信とともに、上半身を起こす。 思った通り、部屋の中央に、白い影が立っていた。 そのシルエットは、パッと見た感じはメイドさんだけど。でも、ドレスを着た女の人にも見える。 あたしはまた、確信とともに言った。
「あなた、アストリットね?」
影が頷いたように見えた。 うん、多分、間違いないかな、あたしの勘は? そして影から「何か」が感じられた。それは何かを喋っているような、そんな感じ。 でも声は聞こえない。 影も、声が伝わらないことをもどかしく思っているのか、静かに何かのジェスチャーをしている。それは大きなものではなくて、しかもシルエットだけだから立体感がなくて、何を伝えたいのか、まったく伝わってこない。 それでもしばらく見ていたら、どうやら「お屋敷の外まで、自分についてこい」と言いたいらしいことが分かった。 「あなたについて行ったらいいのね?」 影が頷いたように見えた。 そういえば以前(まえ)、あの影を追いかけていて、パトリツィアの不審なところに気がついたんだっけ? 影が動き出す。あたしもそれについて行った。 影はドアをすり抜ける。そりゃそうか、実体じゃないもんね。あたしは実体なんで、普通にドアを開けた。ドアの傍にいる今夜の立ち番は、ガブリエラだ。 「どうかなさいましたか?」 「ああ、ガブリエラ。あの影について行こうと思って」 あたしは廊下の向こう側にいる白い影を指さした。そっちを見たガブリエラは。 「すみません、そのような影など、見えませんが?」 「…………」 そうか、前もそうだったけど、あの影、あたしにしか見えないんだ。 「えっとね、ガブリエラ。あの先に白い影がいるのね?」 「…………」 もう一度、その方を見て、ガブリエラが困ったような表情であたしを見る。 「…………あー、……うん、考えてることとか言いたいこととかは分かるけど、とりあえず聞いて?」 あたしは白い影の出現、そして、その影がなにかの警告を表すことを説明する。影の正体がアストリットで、あたしの「中」から出てきたらしいことは伏せた。
「なるほど、そうでしたか……。わかりました、私も同行いたします。そもそもお嬢さまの警護が私の任務ですので」 ガブリエラが、あたしに笑顔を向ける。 「うん。あなたがいてくれたら、心強いわ」 まさかとは思うけど、まだスパイがいる、とかね……?
シャレになんないわ……。
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