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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第46回   そうか、あなたは……
 一応ベッドの上に寝転んではみたけど。
 随分長く寝転んでたけど、どうにも眠れない。
 そもそも、今、あたしがここに「アストリット」として存在すること自体、なぜなのかがわからない。ほかの誰かであってもよかったはず。仮にその理由がわかったとしたら、例えばハインリヒとかが、いつでも「魂寄せの秘法」を解呪できるっていうんなら、こんなに悩んだりしない。
 つまり。
「あたしがいなくなったら、きっとアストリットは死んじゃって、ユミルが復活するんだろうなあ……」
 あたしは自分の右手を見る。あくまで感覚として、だけど、ものすごい怪力が出せるように思う。水路通りでは、ひと一人をブン投げたけど、多分、あんなものじゃない。ウンディーネが樹を蹴り折ったっていうことだけど、そのぐらいのことが簡単にできるような、そんな気がする。
 その力が、巨人レベルに拡大したら。
 ちょっと考えただけで、身震いがする。
 あたしはため息をついて、照度を落とした部屋の天井を見る。
「みんな、心配してるかなあ」
 元の世界では、あたしは、どういう状態になってるんだろう。普通に考えたら、意識をなくして昏睡状態ってところかな? それとも、感情のない、自動的に受け答えをして行動を取るロボット? もしかして別の誰かが入って、あたしみたいにいろいろと困ってたりして。
「案外、あっちのあたしの中には、アストリットが入ってたりしてね」
 そう呟くと、なんだかおかしくなって、あたしは自然と笑いを漏らす。
 次の瞬間だった。

 ゴトゴトッ!!

 あたしの中からそんな音がした!
「なになになに!?」
 その音は、いつかあの「謎の影」を見た時の音に似ていた。ていうか。
「……そうか、あの音、あたしの『中』からしてたのか……」
 多分、この音はあたし以外の誰にも聞こえない。そしてあたしは確信とともに、上半身を起こす。
 思った通り、部屋の中央に、白い影が立っていた。
 そのシルエットは、パッと見た感じはメイドさんだけど。でも、ドレスを着た女の人にも見える。
 あたしはまた、確信とともに言った。

「あなた、アストリットね?」

 影が頷いたように見えた。
 うん、多分、間違いないかな、あたしの勘は?
 そして影から「何か」が感じられた。それは何かを喋っているような、そんな感じ。
 でも声は聞こえない。
 影も、声が伝わらないことをもどかしく思っているのか、静かに何かのジェスチャーをしている。それは大きなものではなくて、しかもシルエットだけだから立体感がなくて、何を伝えたいのか、まったく伝わってこない。
 それでもしばらく見ていたら、どうやら「お屋敷の外まで、自分についてこい」と言いたいらしいことが分かった。
「あなたについて行ったらいいのね?」
 影が頷いたように見えた。
 そういえば以前(まえ)、あの影を追いかけていて、パトリツィアの不審なところに気がついたんだっけ?
 影が動き出す。あたしもそれについて行った。
 影はドアをすり抜ける。そりゃそうか、実体じゃないもんね。あたしは実体なんで、普通にドアを開けた。ドアの傍にいる今夜の立ち番は、ガブリエラだ。
「どうかなさいましたか?」
「ああ、ガブリエラ。あの影について行こうと思って」
 あたしは廊下の向こう側にいる白い影を指さした。そっちを見たガブリエラは。
「すみません、そのような影など、見えませんが?」
「…………」
 そうか、前もそうだったけど、あの影、あたしにしか見えないんだ。
「えっとね、ガブリエラ。あの先に白い影がいるのね?」
「…………」
 もう一度、その方を見て、ガブリエラが困ったような表情であたしを見る。
「…………あー、……うん、考えてることとか言いたいこととかは分かるけど、とりあえず聞いて?」
 あたしは白い影の出現、そして、その影がなにかの警告を表すことを説明する。影の正体がアストリットで、あたしの「中」から出てきたらしいことは伏せた。


「なるほど、そうでしたか……。わかりました、私も同行いたします。そもそもお嬢さまの警護が私の任務ですので」
 ガブリエラが、あたしに笑顔を向ける。
「うん。あなたがいてくれたら、心強いわ」
 まさかとは思うけど、まだスパイがいる、とかね……?


 シャレになんないわ……。


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