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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第45回   立場の違いよねえ……
「……で、どうなったの?」
 まあ、今、ここにシェラがいる以上、少なくとも子供には死刑、なんてことはない、と思うけど、それでもなんか、大人に対しては……怖いな。
 シェラが穏やかな笑顔で言った。
「大人には労役(ろうえき)を、わたしたち子供は、修道院に入れられて、そこでの労務などの作業を命じられました。確かにきつい生活ではありましたが、その合間に、この国の言葉や常識、そのほか、様々なことも勉強させていただいたのです。月に一度は八人が、騎士の監視下にはありましたが、集まることも許されました」
「ああ、そうなんだ」
 なんか、ホッとしたわ。
「集まった時、わたしたちは、自分の国の言葉で話すことを許されました。あとになって知りましたが、大人たちは母国語で話せることを利用して、脱出する相談をしていたそうです。……笑顔で、世間話をする振りをして」
「うわ、ちょっと怖いわね。で、どうなったの? 大人の人たちは、逃げたの?」
 シェラは変わらず笑顔で、首を横に振った。
「労役の日々は辛いけれど、衣食住は保証されているし、何より他国人だと、わたしたちを差別する人がいた時には、監視者がその人を叱り飛ばしていたんです。少なくとも表面的には、わたしたちの境遇は、潜伏生活よりも、はるかにマシなものでした。だから、わざわざ逃げることもない、ということになったそうです。……それまでの生活が、あまりにも辛いものでしたから」
 権力争いに敗れて国を逐(お)われ、流れ流れて、ついには盗賊にならざるを得なかった。そう考えたら、確かにマシな生活といえるだろう。それが鎖に繋がれた生活だろうと。
「それから何年か経って、わたしたちは再びテオバルト様の前に引き出されました。そしてテオバルト様は、仰ったのです」


「先日、国王陛下の弟君(おとうとぎみ)であらせられるゲーアハルト親王(しんのう)殿下に、男児がお生まれ遊ばした。我が国の法に照らし、恩赦によってお前たちの罪は赦(ゆる)される。よって、お前たちは自由だ。我が領内における市民権を与える。我が領内に限り、犯罪行為以外の行動は自由だ。もし国内における公民権が欲しくば、私に言いなさい。国に申請してあげよう」


「わたしたちは、テオバルト様の言葉に驚きました。他国人であるのみならず、労役の合間に言葉などを教えていただき、恩赦までいただくなど、犯罪者でもあったわたしたちにここまでの厚情をいただいたことに少なからず、奇異に思ってしまったことも確かです。そこで、わたしたちのリーダー格であった男性がテオバルト様に尋ねたのです。『なぜ、ここまでのことをして下さるのですか』と」
「そうよね。言われてみれば、犯罪者とは思えない好待遇よね」
 あたしの疑問に頷いて、シェラは答えた。
「『他国人であるお前たちに、言葉もこの国のことも教えず、ただ労役に使うだけでは、いずれお前たちは反抗してここを飛び出すかも知れない。そうなった時、お前たちはまた盗賊に逆戻りだ。それよりはこの国の民として、この国の法律通りに扱うことで、お前たちも真っ当な生活を送ることが出来るようになる』。少し無感情な調子で仰いましたけど、わたしたちはその言葉に温かいものを感じました。わたしたちが国に戻れないことは、確かだったのですから。それから、こうも仰ったのです」


「お前たちの盗賊行為は、虐げられた他国人が生きるためには、仕方がなかったと、お前たちは思うだろう。その意味において、お前たちは誰からも責められるいわれはないと、そう主張するかも知れない。だが、盗賊に襲われた方(ほう)は、そうではない。お前たちのことを恨み、場合によっては極刑を望むかも知れない。それについて、その者はお前たちから責められるいわれはない、と、そのように主張するだろう。つまりは、立ち位置による違いというものを理解して欲しいのだ。今後、お前たちは他国人ということで、なんらかの差別に遭うかも知れない。中には、差別すること自体が目的の、歪(いびつ)な者もいるかも知れないが、そうではない者もいるだろう。お前たちはこの国の言葉も慣習も学んだ。だからどうか、短慮することなく、まずは相手の立場、考えというものを理解するようにして欲しい。お前たちはもう、この国の人間なのだからな」


「最初に捕らえられた時と、ほぼ同じ内容のことも言われましたが、わたしたちの方の感じ方が変わっていた事もあって、わたしたちの中で響くものが違っていたのです。この言葉で、わたしたちはテオバルト様に命を捧げることを誓い合いました。三人ほどは領内の別の仕事場に行きましたが、母やわたしなど、他の五人は頼み込んで、薄給でもいいからと、お屋敷に雇っていただきました。特に母やわたしは魔術が使えましたので、その辺りでもお役に立ちたいと思ったのです」

 ………………。
 あたしのいた世界にはNPOとか、国際的なボランティア組織があるからなんとも思わなかったけど、この世界では、こういうことが日常茶飯事なのかも知れない……。いや、現実的には、あたしが知らないだけで、戦地とか難民キャンプがある地域では、もっとひどいことが起きているのかも知れない。
「ミカさん、テオバルト様のお言葉ではありませんが、人には皆、それぞれのお立場というものがございます。特にミカさんの場合、命がかかっているともいえます。だから、この世界に残らずに、元の世界に戻る……『魂寄せの秘法』が解除された時、それを受け入れたとしても、誰にもミカさんを責めることは出来ません。でも、ミカさんにこの世界に残っていただきたいと願う、わたしたちのことも、責めないでいただきたいのです。それをお伝えしたく、お時間を頂戴いたしました。茶器は、このまま残しておいて下さい。あとでお下げに参ります」
 そう言って、シェラは立ち上がり、一礼してお屋敷の中に戻っていった。
 あとに残ったあたしは。

「今夜は、眠れないんだろうなあ……」

 そう呟いて、夜空を見上げるばかりだった。


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