「討伐隊……」 その言葉の意味が頭の中にしみ込んでくる。 シェラがあたしの表情の意味を見たかのように、哀しげな笑みを浮かべた。 「詳しいことは分かりません。マイネッケンの治安維持のためのシュペール辺境伯の独断だったのか、それとも国自体が動いたのか。ですが、その討伐の中で、ある事実が討伐隊の動きを変えたのです」 「ある事実?」 シェラが頷く。 「先ほど、申しました。わたしたちの国で起きた紛争、その実態は権力闘争だったけれど、他国には宗教紛争と捉えられていた、と」 「うん」 「討伐対象の中に、わたしたち、その紛争の当事者がいることを知った辺境伯は、手段を変えてきました」 「手段を変えた? どういうこと?」 ちょっと想像がつかない。普通に攻撃してくるとかじゃないの? 「宗教紛争で敗れた者たちの一部が紛れている。その者たちを討伐すると、当事者国、他国には『敵対する派閥の宗教勢力に肩入れをした』と捉えられかねません。こういうことは、とてもデリケートな問題ですから、下手をするとこの国の国教との宗教戦争……喩えではなく、本物の戦争になるかも知れません。それについて、国々にアピールするという方法もあったでしょう。しかし、その時間がなかったのか、手段がなかったのか、その辺は分からないのですが、辺境伯は実力行使に出ました」 「実力行使? な、なんか、物騒な言葉……ね?」 「討伐隊で町全体を包囲し、誰も外へ逃げられないようにしたのです。つまり、わたしたちのような存在がいるということが、誰の口からも漏れないようにしたのです」 「つまり、町を戦場にして、誰も逃げられないようにした、っていうことね?」 シェラが頷く。 それって、確実に町の人たちの中にも被害が出るってことじゃあ……! 「先ほどお話しした、いつの間にか増えていた不審者の集団、その中には、棄民街から脱走してきた者や、傭兵崩れの者たちもいて、戦闘に関するエキスパートもいました。討伐隊が町を包囲したのは、そういう理由もあったようです。つまり、そのような者たちが、もともと町に住んでいたように偽装して逃走する怖れがあった。だから、辺境伯は町を包囲すると同時に、恐ろしい方法に打って出たのです」 恐ろしい方法。なんか、考えたくないけど。 「な……に、恐ろしい方法って?」 「重装兵と大砲を持ち出したのです。そして町に砲撃を始めました」 「ほ、砲撃……!」 「はい」 「つまり、それって、無差別攻撃……!?」 黙って頷き、シェラが話を続ける。 「重装兵たちは着込んだ分厚くて頑丈な鎧で、敵味方に拘わらず、降り注いでくる矢をものともせず、バトルアクスやツヴァイハンダーといった、殺傷することを目的とした武器をふるって、辺り構わず攻撃しました。聞いた話ですが、その中には、もともと町に住んでいた人たちもいた……いえ、むしろ、そういう人たちの方が多かったそうです」 「え? つまり、間違えて攻撃したってこと?」 「そういうケースもあったでしょう。ですが、多くは町に立てこもった者たちが、自分たちの盾にした……、そのように触れ回ることで、いかに立てこもっていた者たちが凶悪だったかを訴え、その時に働いた討伐隊の正義を主張する、そのために殺されたと、聞きました。真偽のほどは分かりませんが」 「……案外、そういうこともあるかも知れないわね。戦争って、どちらにも正義があって、ないようなものだから」 無辜(むこ)の人たちを、大勢、それも「正義」の名の下(もと)に殺すっていうことに、変わりないもの。 「町が包囲された時点で、辺境伯の目的を察知した人たちがわたしたちや漂泊の人たちの中にいて、とにかく町から逃走することを優先しようということになっていました。そして、『ある方法』を使って、逃走することに成功したのです」 「ある方法、って?」 「討伐隊の中には、その機に乗じて略奪や暴行をほしいままにする者たちもたくさんいました。そういう輩(やから)を殺害し、漂泊民の人たちがその装備を身につけ、いかにも人々の財産を押さえてきた、そして……」 ここで、シェラは少し声を詰まらせた。 「自分たちの、欲望処理用の……奴隷を、捕まえてきた、そのように偽装して、財産類を木箱に詰めたように見せかけて、わたしたちを馬車に積み込み、町を出たのです」 あたしも、息が詰まったような気がした。 「そうやって、わたしと母は、マイネッケンを出ることが出来たのです。わたしは木箱の二重底の下に詰め込まれましたが、母は……。実際に討伐隊の者に……。その痕跡が残っていたから、疑われなかったようです」 気がつくと、あたしの目には涙がにじんでいた。
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