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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第41回   悩む、悩む
 ハインリヒはあたしを見て、続ける。
「あくまで仮定の話だが、君にかけられている『魂寄せの秘法』は、かなり変則的なものになっているはずだ。『本来はアストリットが死ぬ直前にだけ意識が現れるはずだった』という、シーレンベック卿の話から考えるに、常に君の意識が表に現れているということは、君の方にもここに留まるだけの何らかの『鍵』があると思われる。つまり、君がここに留まろうという意思表示をしてくれれば、おそらくは王妃がかけてくるだろう、キャンセル魔法にも対抗できるはずだ」
「……………………」
 何も答えないあたしを見ていたハインリヒは、ちょっとだけ、ため息めいた息を吐き、言った。
「そうだな、君にも、考える時間が必要だろう。だけど、これは覚えておいて欲しい。この世界の平和は、君の決断にかかっている。君が望むと望まないと、それに拘わらず、ね」
 あたしは、とりあえず頷き部屋を出た。

 部屋を出たミカを見送ったハインリヒに、ヴィンフリートが言った。
「彼女は、ここに留まってくれるでしょうか?」
「わからない」
 としか、ハインリヒは答えられない。
 イルザも言う。
「私は、彼女と行動を共にしていた時間は、意識できる範囲ではそんなに長くありませんが、彼女は責任感や使命感の強い女性です。彼女を、信じたいです……」
 すでに、願望になっていた。
 仕方のないことだと、ハインリヒは思う。確かに、ミカは使命感の強い少女なのだろう。だが、それはここにいるほかない、という諦観から生まれたものだとしたら? あるいは、単純に「死にたくない」という生存欲求から生まれたものだとしたら?
 そういった感情が、これまで彼女が戦ってきたことの理由だったとしたら?
 頭を振り、その考えを追いやると、ハインリヒはヴィンフリートに言った。
「ヴィンフリート、君が旅に出る前に預けておいたものだが。あれを返して欲しい。これからのことに向けて、『調整』しておきたい」
「ええ、構いませんが。でも、どうするんですか?」
 ハインリヒはミカが出て行ったドアを見る。
「もしミカが協力してくれたら、必要になるかも知れない」
「え? でも、異世界人の彼女に、使えるんですか?」
「わからないな。だが使えると信じたいし、何より、ミカが協力してくれることを願いたい」
 言ってから、ハインリヒも「信じる」ではなく、「願う」になっていることに気づいた。

 夜。
 食事を終えてから、あたしはお屋敷の前庭にあるテラスで、ぼんやりしていた。
 空に輝く月は、まだ満月じゃない。それが、なんとなく「あたしの覚悟とか決心とか、まだ、まとまらない」ことを象徴しているように思えて、思わずため息を漏らす。
 あーもー、どうしたものかなあ? 正直、元の世界に帰れるんなら、願ってもないことだし、でも、こっちの事情も知っちゃったら、放っておくのも寝覚め、悪いし。
 あ、ひょっとしたら、戻ったら、こっちの記憶とか消えてなくなる、とか? だったら、罪悪感nothingだけど。
「その保証ないしなあ……」
「ミカさん」
「ふおぉぉぉっっふうううう!!」
「うわあっ!? どうかなさいましたか!?」
 振り返り、あたしに声をかけてきた人を見る。シェラだった。
「ああ、ごめん、考え事してるところだったから、ビックリしちゃって」
「考え事、ですか……」
 そう呟き、シェラは押してきたワゴン(石畳の上を、キャスターが転がる音も聞こえなかったわ……)から、お茶会セットをあたしが着いてるテーブルに載せていく。
「お茶にしませんか? 恐れながら、わたしもご相伴(しょうばん)させていただきます」
「ええ、一緒にお茶しましょ」
 シェラはそれぞれのカップに紅茶を注(そそ)ぎ、あたしの向かいの椅子に座る。
「ミカさん、ハインリヒ様から、お話は伺いました。悩まれても、当然です。そして、ミカさんがどのような決断を下そうと、誰も責めることは出来ません」
「有り難う、シェラ。……うん、確かに、そうだと思う。誰もあたしを責めないと思う。だからこそ、どこか辛いのよね、まるであたしが世界を無慈悲に見捨てる外道に思えてさ……」
 しばらく沈黙の時間が流れたか、と思ったら、シェラが静かな笑みで言った。
「ミカさん、ちょっと昔話にお付き合いいただけますか?」
「え? 昔話?」
「はい。もう、十年以上も前、この国の東の端、シュペール辺境伯が治める町で起きた、哀しくて愚かな昔話です」
 そして、シェラが話し始めた……。


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