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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第40回   それって、ラッキーじゃん!
 シーレンベック領にある邸宅に帰ってきたら、もう午後二時。なんだか無性にお腹が減っちゃったし、なんかおやつがないかな、って思ってキッチンへ行こうとしたところで、ハインリヒと出会った。
「ミカ、帰ってきたのか」
「ハインリヒ、あんたも来てたのね」
「ああ、ある意味、君の『絶体絶命の危機』だからな」
「ハインリヒ、大げさだよ。ていうか、王妃、いい人じゃん。本当に、あたしのこと、狙ってるの? ほかの誰かなんじゃないの?」
 そして、あたしはサークレットの件を話した。
 ハインリヒがあたしに顔を近づけ、額を見る。
 ……ちょっと、近いよ、ハインリヒ? 考えてくれるかな、あたし、一応、女子高生、なんだからね……?
 ほっぺたが熱くなってると、ハインリヒがあたしから離れて言った。
「確かに、かすかだが、傷があるな」
 あたしは額を押さえる。
「ああ、このぐらいなら、すぐ治るから! だから、アストリットが結婚できなくなるなんてことは……」
「そうじゃない」と、ハインリヒの目つきが険しくなった。
 そして。
「会議室に行こう。シーレンベック卿やヴィンフリートにも来てもらわねばならないな」
 なんか、大きな話になってるよ?

 で、会議室にあたし、ハインリヒ、ヴィンフリート(真)、イルザがいる。ゴットフリートさんは、いつぞやの紋章官の不正のことで警備隊を引き連れて、逮捕に行ってるそうだ。マクダレーナさんは、修道院での奉仕活動に参加しているんだとか。帰りを待ってもいいけど、ゴットフリートさんは、もしかしたら帰って来てからも、いろいろと用事があるかも、ってことで、このままミーティングが始まった。
 ハインリヒが言った。
「ミカ、君はサークレットを着けられて、額に傷がついたんだね?」
「うん」
「で、血が流れた」
「流れた、ってほどのものじゃなかったと思うけど。……うん、ちょっと垂れたかな?」
「そしてその血を、王妃にとられた」
「まあね」
 手を顎に当て、ハインリヒは少し考えて言った。
「ミカ、血には、その人間の生命(いのち)やその情報が宿ると同時に、魔術的な力も宿る。それを王妃が手に入れたということは、王妃は、ミカ……アストリットになんらかの魔術的影響を及ぼせるということも意味する」
「えっと。それって、ひょっとして『イグドラシルの秘法』とかをキャンセルされて、次に殺されたら、生き返れなくなるってこと?」
 もし、そうなら、とんでもないことだわ! 「魂寄せの秘法」が不完全なこの状態で死んだら、あたし、どうなるの!?
 青くなったあたしに、ハインリヒが言った。
「いや、『イグドラシルの秘法』については、おそらく完全な形あるいはそれに近い形で施法されているだろう。その場合、秘法を解呪できるのは、施法者であるシーレンベック卿だけだ。あれは、そういう公式で組まれた術だ。となると」
 ハインリヒが少しだけ、言いよどんだ。でも、言うべきだと判断したんだろう。
「向こうに解呪できるのは、不完全な形で施法された『魂寄せの秘法』だ」
「え?」
 それって、「魂寄せの秘法」が解けるってこと?

 ……………………。

 あたしにとっては、ラッキーじゃん!

 イルザが言った。
「ミカさん、こう申してはアストリット様に失礼ですが、これまでのことや過去の周回の記憶を引き継げているサー・ハインリヒのお話から察するに、意識の主(ぬし)がミカさんに変わってから、状況が変わってきているようです」
「状況が変わってきてる? どういうこと?」
「簡単に言って、ミカさん、いえアストリット様がなかなか死ななくなっている。それどころか、刺客が苦戦したり、逆に倒されるケースさえ出来(しゅったい)している」
「まあ、ループしているから、対策を練ることが出来たし」
「ですが、アストリット様には、それが出来なかった」
 ハインリヒが難しい顔になって、あたしに頷き、イルザの言葉を継いだ。
「おそらく、その辺りから王妃はアストリットの意識が別人に変わっていると判断したんだろう。そこで、その意識の主を追い出すことにした」

 だから、あたしにとっては、それってラッキーなんだけどな。

 そう思っていたら、突然、ヴィンフリート(真)が言った。
「お願いします、ミカさん! 姉上を助けて下さい!」
 そして、テーブルに両手をついて額を擦り付ける。そして、そのまま言った。
「あなたにとっては、迷惑な話だというのは、承知しているつもりです! ですが、意識の主があなたになってから、姉上の死亡率が下がっているのも、事実です! 姉上には、もう、命が残っていないかも知れない。だから、どうか!」
「私からも、お願いします!」
 と、イルザも両手と額をテーブルにつける。
「ちょ、ちょっと二人とも!」
 この世界には「土下座」っていうものがないみたいだけど、それでもこれが二人にとっては、土下座に匹敵するほどの「礼」だっていうのは感じる。
 ハインリヒが言った。
「私からもお願いしたい。君の力が必要なんだ」
「でも……」
 もしかしたら、術をかけたゴットフリートさんにも解けない「魂寄せの秘法」が解けて、あたしは元の世界に帰れるかも知れない。元の世界でどれだけの時間が流れているのか、ちょっと不安だけど、それでもあたしがいるべき世界は、ここじゃないんだ!


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