「ヴィンは、実は女の子じゃないんですか?」 大事なことだから、二回、聞いたわよ? ゴットフリートさん、マクダレーナさん、そしてヴィンが顔を見合わせ……あれ? ハインリヒも、それに加わってるけど? 逆にあたしに質問を返してきたのは、ゴットフリートさんだ。 「なぜ、そう思うのかね?」 「この間……じゃない、何周か前の時に、偶然、ヴィンの着替えを見ちゃったことがあるんです」 マクダレーナさんが、驚いたように両手で口を覆って言った。 「まあ、ミカさんには、そのような趣味が? なんて、はしたない」 「ああ、違いますから」 ヴィンが、ジト目であたしを見て言った。 「軽蔑します、ミカさん」 「うん、違うから! で、どうなの?」 あたしの視線から顔を逸らし、ヴィンはゴットフリートさんを見る。ゴットフリートさんが、あたしを見た。 「君の推察通りだ。今、ここにいるヴィンフリートは、女だ」 やっぱり! そう思って、ヴィンを見ると。 ヴィンは一礼し、笑顔になって言った。 「僕……いえ、私はヴィンフリート様の影武者で、イルザと申します」 あ、声の感じも少年っていうのから、女の子になってる。ていうか。 「影武者っていうことは、本物は?」 ゴットフリートさんが答える。 「それは、訳あって言えない。それから、影武者に入れ替わっていることは、古くからいる者は知っているが、最近、雇い入れた者は知らない。だから、君も、そのように振る舞って欲しい」 「つまり、これからも弟のヴィンフリートとして接すればいいんですね?」 あたしの問いにゴットフリートさんが頷く。ヴィン、もといイルザが言った。 「私には、技能として、そして趣味としても調香ができます。その技能を使って暗示作用を持つ香を調合し、自分自身をヴィンフリート様だと思い込むようにしていました。時々ですけど、私のことを女性だと疑う者がいた時には、香を使ってそのことを忘れるように暗示をかけたこともあります」 「へえ、お香を使って暗示をねえ……。ん? そのお香って、もしかして強烈な匂いがしない? ぶっちゃけ、臭くない?」 あたしの中の記憶が「くっさい匂いを、嗅いだことがある」って言ってる。 イルザがちょっと頬を紅くして言った。 「ごめんなさい、慣れていない人には、かなりキツいと思います。あなたの部屋にまで匂っているんじゃないかって、いつもドキドキしてました」 「そうなんだ」 あれ? なんか、あたしがなんで狙われるか、ヴィンに聞こうとした時にも、あのお香を嗅いだ気が……。すっかり忘れてたけど、暗示で忘れるようにされてたんだ。 あたしがそのことを指摘すると。 イルザが困ったような顔をして言った。 「うーん。すみません、私にはその記憶がないので明確なお答えは出来ません。ですが、見当なら」 「それでいいわ」 「そうですか」と、イルザはゴットフリートさんを見る。ゴットフリートさんが頷いたのを確認して、イルザが言った。 「実は、あなたが、いえ、アストリット様のお命が狙われる理由を、私は聞かされていないのです。そのことについて領主様は、暗に『誰にも知られてはならない』のようなことを仰いました。ですから、おそらくあなたに尋ねられた時に、回答できないので、その疑問を抱かないように、暗示をかけたのではないでしょうか? 自分のことなのに何もわからなくて、申し訳ございません」 そういうことだったのかぁ。それじゃあ。 あたしはゴットフリートさんを見た。 ゴットフリートさんは一度、ハインリヒを見てから言った。 「この経緯を話すのには、やはり順を追っての方がいいだろう。サー・ハインリヒ」 「はい。……私は、我が家にある魔術書のうち、私自身の護身や魔法からの防御など、そういったものを実践していった。もっとも、魔法や魔術といった、自然科学を無視したものがあるとは思えなかったのだが。しかし、ある時、違和感を覚えたんだ、同じ時を繰り返しているのではないか、とね」 「それが、あたしの……アストリットのループね」 「ループ? なるほど、言い得て妙だね。じゃあ、以降はその言葉を拝借しよう」 そう言って、ハインリヒは話を再開した。
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