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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第39回   ええっ? 贈り物?
 王妃があたしをながめる。なんか、品定めされてるみたいで、やだなあ。
「アストリット、近(ちこ)う寄れ、許して使わす」
「有り難きお言葉ではございますが、私(わたくし)め如きがお側へ寄りますれば、陛下の品位に……」
「無礼であるぞ、アストリット・フォン・シーレンベック! 女王陛下のご厚情を無下(むげ)にするとは、何事であるか!!」
 あたしの言葉を遮って、怒号が響いた。声の主は鎧を着たヒゲ面(づら)の中年のおじさんで、腰の前に赤地に黄色でなにかの紋章が入った前垂れがあって、手にした鎗には赤くて細長い、旗だか何だかがついてて、腰にはデッカい剣があった(あとでハインリヒに聞いたら、旗みたいなヤツは軍旗で、その人は近衛隊長だろう、ってことだった)。
 あたしは萎縮して一礼し、前へ進む。うう、いろいろボロが出たらマズいから、近づきたくなかったんだけどなあ。
 五メートルぐらいの所まで近づいて、あたしは、再び、跪(ひざまず)く。王妃が言う。
「半年前の舞踏会では、フロイラインには迷惑をかけたのう」
 微笑みながら。
 これが本当のことだろうと、王妃の記憶違いだろうと、あたしの返答は決まってる。
「申し訳ございません、陛下。先(せん)の舞踏会ののち、私めは熱病に罹(かか)り、舞踏会当日とその前後のことについては、記憶から抜け落ちてしまっているのでございます」
「おお、そうか」と、王妃は残念そうな表情になった。
「誠に申し訳ないことであったからのう。フロイラインの父君(ふくん)、シーレンベック卿にも謝罪せねばならぬと呼びにやらせようとしたところ、そなたが不問に付してくれた。あの時は、たとえ君臣(くんしん)の礼によるものだったとしても、そなたのおかげで王女の名誉が守られた」
 うん、さっぱり話が見えないわ。一体、何があったのかしら? でも、一応、この場は頭を下げておく。「もったいなきお言葉」なんて言いながら。
「それで、あの時の詫びと礼も兼ねて、そなたに贈り物があるのじゃが。……例のものを持て」
 王妃がそう言うと、控えていた、なんか大仰(おおぎょう)な髪型の、燕尾服を着た執事っぽい初老の男性が一礼し、自分の近くに立っていたメイドさんみたいな女性が持ってるお盆を受け取る。そしてそのお盆を手に王妃に歩み寄った。
 そのお盆から、王妃は何かを取る。あれは……。ティアラ? でも確かティアラって、花嫁とか既婚女性が着けるって聞いたことがあるから、じゃあ、サークレットかな?
 王妃がサークレットを手に、陛(きざはし)を降り、あたしに歩み寄ってきた。近づくにつれ、サークレットのデザインが見えてきた。フレームは銀色。まさか、本物の銀とか? 中央にあるのは、赤い石、その左右には青い石。ルビーとサファイヤだったりして。全体的なシルエットとしては、羽を広げた蝶に見える。率直に「かわいい」って思った。
 王妃があたしの頭にサークレットを着けながら言った。
「こちらでデザインを決めたが、よかったかの?」
 もしかして、今日、あたしを呼びつけた理由って、これをあたしにくれるためだったとか?
 いい人じゃん、王妃。
 もしかしたら、あたしを狙ってるのって、王妃じゃないんじゃない?
「は、はい、恐悦至極に……」
 ああ、なんてボキャブラリーが貧弱なの、あたしって……って。
「……つっ!?」
「どうした、フロイライン?」
「いえ、なんでもございません……」
「そんなわけがなかろう」
 そう言って、王妃はあたしの頭にはめたサークレットを外す。すると、あたしの額から何か温かいものが、ちょっとだけど垂れた感覚があった。
 王妃があたしの額を見てちょっとだけ眉を動かし、サークレットの裏を見る。そして。
「誰ぞ、ハンカチーフを持て!」
 と命じた。さっきの執事っぽい人が、豪華な模様の入ったハンカチを持ってくると、王妃があたしの額を拭った。
「すまぬ、サークレットの内側の細工が、荒削りじゃったようじゃ。細工師はすぐに縛り首にする故、許しておくれ」
「ええッ!? 縛り首ぃッ!?」と、驚きの声を上げた後、あたしは咳払いした。アストリットは、きっとこんな素(す)っ頓(とん)狂(きょう)な声上げて驚いたりしないのよ!
「陛下、どうか、私(わたくし)めのことは、お気遣いなく」
 しばらくあたしの額をハンカチで押さえていた王妃だけど、ハンカチを外し、あたしの額を見て、また新しいハンカチを持ってこさせてあたしの額を押さえる。
「……どうやら血は止まったようじゃ。本当にすまぬ。もし傷が残ったら、そなたはどこへも嫁(か)すことは出来ぬ。その時は、遠慮(えんりょ)無(の)う、言うてこい。王家の口添えで、公爵家(ヘルツォーク)の子弟と縁を結んでやる。おお、そうじゃ、大公(グロスヘルツォーク)の家に一人、年頃の子弟がおったのう」
 いえ、こんな小さな傷ぐらいで……っていうのは、多分、この世界では通用しないのだわ。
 あたしはかしこまり、「畏れ多いことでございます」と頭を下げる。
 この日は、王妃が改めてサークレットを作らせる、ってことで、あたしは王宮を後にした。

 ぐわあぁぁ、どっと疲れたわぁ〜。



 アストリットの血がついたサークレット、そして、その血を染みこませたハンカチーフを見て、王妃は心中(しんちゅう)、呟いた。

“たとえアストリットの表面に出てきているのが何者であろうと、アストリット本人の血さえあれば、『魂寄せの秘法』をキャンセルできる。そうすれば……”

 そして、王妃はくぐもった笑い声を立てるのだった。


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