「久しいのう、フロイライン・アストリット」 十メートルぐらい先の玉座の隣の席で、王妃グレートヒェンが笑顔を浮かべてあたしに言う。先入観からかも知れないけど、ちょっと怖いよ、あの笑顔? 「陛下には、ご機嫌麗しく、私(わたくし)めのことをお気にかけていただき、恐悦至極に存じます」 頭を下げたあたしに王妃が言った。 「気にするでない。面(おもて)を上げるがよい」 頭を下げたまま一礼し、あたしは顔を上げる。 王妃グレートヒェンは威厳ある美人だ。二人の子持ちって聞いてたけど、とてもそうは見えない。あたしの見た感じだと、まだ二十代前半って感じだ。ハインリヒの話じゃあ、三十八歳ってことらしいけど。 本当に若く見える。魔法でアンチエイジング、てヤツかしら? まあ、それは置いとくのだわ。 で、玉座に座ってる王様は、と……。 ……うん、ハインリヒが言ったとおり、まるで人形みたい。あの表情、まるで貼り付けたみたいだわね。やっぱり王妃の操り人形になってるってことかしら? あたしは昨日の打ち合わせを思い起こした。
ゴットフリートさんが、イザベラが持ってきた勅書を開く。 「フム。アストリット一人で来い、とあるな」 「ええ!? なんで!?」 驚くあたしに同意するように、イルザが言った。 「家長代行、または何らかの国務に就いていない貴族の子弟は、親もしくは後見人を伴うのが、通例です。もちろん、そのような国法はありませんし、例外もあるとは聞きますが……?」 テオバルトさんが言った。 「やむを得んな、勅書にある通りにしなければならんだろう。ならば、打ち合わせをしておかねば、おかしなことになるな」 そしてゴットフリートさんを見る。 「そうだな。……ミカ、アストリットは半年ほど前、王宮で開かれた舞踏会に出席している。その際、諸侯とともに国王、王妃そして王女と顔を合わせて挨拶をしている。だが、それは特別なことではなく、いつものことだ。言ってみれば自動的な行為に近い。だから、向こうもいちいち覚えては、いないだろう、……普通は。だが名指しで呼びつけられたということは、向こうは間違いなく、その時のアストリットに注意し、覚えている」 「それ、まずいですよね? あたし、アストリットとは記憶を共有してませんし」 不安なあたしの言葉に、ヴィンフリート(真)がゴットフリートさんに言った。 「どうでしょう、父上。月並みですが、姉上は熱病にやられて、記憶の一部を喪失してしまった、というのは?」 「うむ、そうだな……」 腕を組んだゴットフリートさんにイルザも同意する。 「そうですね、今、アストリット様の意識の上に浮上しているのが、別人で、しかも異世界人であるということを知られる訳にはいきません」 一同が、唸り、腕を組んだりしている。その中で、ふと、マクダレーナさんが口を開いた。 「あの。ちょっと、よろしいですか?」 あたしや、みんなの視線がマクダレーナさんに注(そそ)がれる。 「サー・ハインリヒ、あなたが王家をラグナロクだと断じた大きな理由は、王妃から感じた異様な魔力、ということでしたね?」 「ええ、砲兵隊の合同演習の折に、魔術書に記載されていた魔力探知の護符(タリズマン)を使って。距離があるために反応はかすかでしたが、確かに反応がありました」 マクダレーナさんが少し考える素振りを見せて、あたしを見た。 「サー・ハインリヒ、一時的でいいのです、王妃があなたに感じさせた魔力、それを中和することは出来ませんか?」 ハインリヒが首を傾げる。 「それは、どういう意味でしょうか?」 マクダレーナさんがハインリヒを見る。 「もし王妃が魔力を使うかなにかして、ミカさんのことを調べたら、すぐにアストリットの意識が眠っていることが知られてしまいます。それを封じることも考えた方がよいのでは?」 ゴットフリートさんが頷いた。 「そうだな。サー・ハインリヒ、できるだろうか?」 「……そのままではありませんが、応用の利きそうな魔除(アミュレット)が確か……」
かくして、あたしは王妃の魔力探知を受けても、それをかわす魔除を身につけている。これはもともと、幽霊とかが出そうな所に行っても、目くらましになって幽霊から見えなくする魔除だそうだけど。
大丈夫かな?
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