いきり立ち、ゼイゼイと息を切らしながら肩を上下させているあたしを見て、ハインリヒは困ったような笑みになる。 「すまない。あの時は、ああ言わなければ君の協力を取り付けないと思ったんだ」 「んなこったろーとは、思ってたわよ!」 ああ、あんな単純な手に乗っちゃったあたしがバカだったわ!! ハインリヒは真面目な表情になった。 「高祖母の日記及びメモによると、『魂寄せの秘法』は、そもそも『転生の秘術』を応用したもので、高祖母よりも何代も前の先祖が編み出したらしい。だが、呪文の一部を確認したところ、中に文脈の繋がり的におかしいところを見つけたそうだ。どうやら年月を経(へ)る内に、綴じた紙一枚分、二ページ相当が失われてしまっているらしい」 「そうだったのか」と、ゴットフリートさんが、なにかに気づいたように頷いた。 「呪文を見ても、他の儀式同様、ラテン語でも西ゲルマン語でも、ルーンでもない部分があってな、その部分については完全に意味を取れないために、そのまま詠唱していたのだが。だから、不完全だったのか」 頷いたハインリヒはゴットフリートさんに言った。 「それに、これは高祖母の推測ですが、どうやら描(えが)くべき魔法円が存在したらしいのです。その魔法円は『転生の秘術』でも使われるものだそうですが、それについての言及はありません」 そしてハインリヒは、また、あたしを見る。この時には、あたしももう、トーンダウンしてた。 「呪文に使われている言語については、不完全ながらも、高祖母及び祖父がアルファベットを見つけ出し、それを元に各種儀式に使われている呪文を、西ゲルマン語に翻訳している。今はそれを元にして、『転生の秘術』と『魂寄せの秘法』とを照らし合わせ、『魂寄せの秘法』のテキストが本来はどういうものであったか、調べているところだ」 「……そうだったんだ。ごめんね、事情とか、知らなくて怒鳴ったりしてさ」 あたしは椅子に座る。 「あたしもさ、試験勉強とかでノートやら参考書やら教科書やら、ネットやらツイートやらLINEやら、チェックするの、すっごい疲れるもん。ましてや難しい呪文の分析とか、本当にたいへんだよね」 「? 一部、理解出来ないのだが……? その、網、とか、さえずる、とか、線、とか?」 「ああ、気にしないで、あたしたちの世界の話だから。……それより。怒鳴っておいて虫がいい話だと思うけど、なんとかなりそう?」 ハインリヒは静かに、でも、どこか困惑したように言った。 「任せてくれ、と言いたいところだが、……確約はしかねる。だが、全力は尽くすつもりだ」 その言葉に、ハインリヒの誠意を感じ、あたしも笑みを浮かべて頷いた。 その笑みは、自分でも弱いものだって感じた。
一(ひと)段落した時、会議室のドアがノックされ、フェリクスさんが入ってきた。 「シーレンベック様、アストリット様、お屋敷から伝令の騎士様がいらっしゃっております」 その言葉にあたしたちはその伝令を見る。入り口の外で一礼し、会議室に入って敬礼したのは、イザベラ・ダールベルクだった。 敬礼したまま、イザベラが言った。 「失礼いたします! 王都より、アストリット・フォン・シーレンベック様に対する召喚勅書が届きました!」 室内の空気が一瞬で凍り付き、見えない稲妻が空気中に走った気がした。 あたしはハインリヒを見る。ハインリヒはテオバルトさんを見た。テオバルトさんは腕を組み、少し考えてから言った。 「向こうは明確にアストリット嬢を狙っている。こちらは何者かがアストリット嬢を狙っているのは分かるが、それが何者であるかは、リタ・フォン・プリルヴィッツの襲撃から考えて、少なくとも貴族階級であることは分かるが、それ以上のことは把握していない。まずは、こういう前提で話を進める。いいね?」 こちらを見たテオバルトさんに、あたしは頷く。自分でも、イヤな汗がにじみ出しているのが分かった。 テオバルトさんが頷き、続けた。 「召喚勅書の狙いは、正直なところ、わからない。今ここでアストリット嬢を殺害する、という可能性もなくはないが、王都への街道は整備されている。野盗の類(たぐ)いが襲ってくる可能性は、なきに等しい。ということは、アストリット嬢の殺害は、ないかも知れんな」 そのあとを、ハインリヒが続ける。 「さすがに王宮で殺す、ということは考えられませんからね、殺すなら、王都を出てから、ということでしょう。つまり」 ハインリヒがあたしを見る。 「街道を離れ、脇道を通りさえしなければ、命の保証はされているということになる」 「……なんか、あたしを殺すの殺さないの、本人を前に物騒な話してるんだけど、それはいいわ」 いや、よくはないんだけどね! そうしないと、話、進まないから! 「王宮で殺す、って、本当にないの? ほら、よくあるじゃん、毒飲ませて殺す、とか、難クセつけて、衛兵に殺させる、とか?」 イルザが言う。 「その心配はありませんよ、ミカさん。『アストリット』様を殺害しても、王家にとっては得も損もありません。こう申し上げては失礼ですが、シーレンベック家は、王家にとって脅威ではないのです。だから、『アストリット』様を人質にすることさえ、考えられません」 あたしは小声でイルザに言った。 「……いいの、そんなこと言って?」 イルザがゴットフリートさんを見る。つられて、あたしもゴットフリートさんを見た。 「イルザの言うとおりだ。確かに我がシーレンベック家は王妃とは遠い親戚になるが、だからといって、我が家門に王位継承権はない。王位継承は国王の親族に限られるからな」 その言葉を受け、ヴィンフリート(真)が言う。 「つまり、姉上が死のうが生きようが、王家にとっては、どうでもいいんですよ? だから、それだけに召喚勅書の意味がわからない……」 空気が重くなっていくような気がした。
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