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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第37回   召喚状の意味……
 いきり立ち、ゼイゼイと息を切らしながら肩を上下させているあたしを見て、ハインリヒは困ったような笑みになる。
「すまない。あの時は、ああ言わなければ君の協力を取り付けないと思ったんだ」
「んなこったろーとは、思ってたわよ!」
 ああ、あんな単純な手に乗っちゃったあたしがバカだったわ!!
 ハインリヒは真面目な表情になった。
「高祖母の日記及びメモによると、『魂寄せの秘法』は、そもそも『転生の秘術』を応用したもので、高祖母よりも何代も前の先祖が編み出したらしい。だが、呪文の一部を確認したところ、中に文脈の繋がり的におかしいところを見つけたそうだ。どうやら年月を経(へ)る内に、綴じた紙一枚分、二ページ相当が失われてしまっているらしい」
「そうだったのか」と、ゴットフリートさんが、なにかに気づいたように頷いた。
「呪文を見ても、他の儀式同様、ラテン語でも西ゲルマン語でも、ルーンでもない部分があってな、その部分については完全に意味を取れないために、そのまま詠唱していたのだが。だから、不完全だったのか」
 頷いたハインリヒはゴットフリートさんに言った。
「それに、これは高祖母の推測ですが、どうやら描(えが)くべき魔法円が存在したらしいのです。その魔法円は『転生の秘術』でも使われるものだそうですが、それについての言及はありません」
 そしてハインリヒは、また、あたしを見る。この時には、あたしももう、トーンダウンしてた。
「呪文に使われている言語については、不完全ながらも、高祖母及び祖父がアルファベットを見つけ出し、それを元に各種儀式に使われている呪文を、西ゲルマン語に翻訳している。今はそれを元にして、『転生の秘術』と『魂寄せの秘法』とを照らし合わせ、『魂寄せの秘法』のテキストが本来はどういうものであったか、調べているところだ」
「……そうだったんだ。ごめんね、事情とか、知らなくて怒鳴ったりしてさ」
 あたしは椅子に座る。
「あたしもさ、試験勉強とかでノートやら参考書やら教科書やら、ネットやらツイートやらLINEやら、チェックするの、すっごい疲れるもん。ましてや難しい呪文の分析とか、本当にたいへんだよね」
「? 一部、理解出来ないのだが……? その、網、とか、さえずる、とか、線、とか?」
「ああ、気にしないで、あたしたちの世界の話だから。……それより。怒鳴っておいて虫がいい話だと思うけど、なんとかなりそう?」
 ハインリヒは静かに、でも、どこか困惑したように言った。
「任せてくれ、と言いたいところだが、……確約はしかねる。だが、全力は尽くすつもりだ」
 その言葉に、ハインリヒの誠意を感じ、あたしも笑みを浮かべて頷いた。
 その笑みは、自分でも弱いものだって感じた。

 一(ひと)段落した時、会議室のドアがノックされ、フェリクスさんが入ってきた。
「シーレンベック様、アストリット様、お屋敷から伝令の騎士様がいらっしゃっております」
 その言葉にあたしたちはその伝令を見る。入り口の外で一礼し、会議室に入って敬礼したのは、イザベラ・ダールベルクだった。
 敬礼したまま、イザベラが言った。
「失礼いたします! 王都より、アストリット・フォン・シーレンベック様に対する召喚勅書が届きました!」
 室内の空気が一瞬で凍り付き、見えない稲妻が空気中に走った気がした。
 あたしはハインリヒを見る。ハインリヒはテオバルトさんを見た。テオバルトさんは腕を組み、少し考えてから言った。
「向こうは明確にアストリット嬢を狙っている。こちらは何者かがアストリット嬢を狙っているのは分かるが、それが何者であるかは、リタ・フォン・プリルヴィッツの襲撃から考えて、少なくとも貴族階級であることは分かるが、それ以上のことは把握していない。まずは、こういう前提で話を進める。いいね?」
 こちらを見たテオバルトさんに、あたしは頷く。自分でも、イヤな汗がにじみ出しているのが分かった。
 テオバルトさんが頷き、続けた。
「召喚勅書の狙いは、正直なところ、わからない。今ここでアストリット嬢を殺害する、という可能性もなくはないが、王都への街道は整備されている。野盗の類(たぐ)いが襲ってくる可能性は、なきに等しい。ということは、アストリット嬢の殺害は、ないかも知れんな」
 そのあとを、ハインリヒが続ける。
「さすがに王宮で殺す、ということは考えられませんからね、殺すなら、王都を出てから、ということでしょう。つまり」
 ハインリヒがあたしを見る。
「街道を離れ、脇道を通りさえしなければ、命の保証はされているということになる」
「……なんか、あたしを殺すの殺さないの、本人を前に物騒な話してるんだけど、それはいいわ」
 いや、よくはないんだけどね! そうしないと、話、進まないから!
「王宮で殺す、って、本当にないの? ほら、よくあるじゃん、毒飲ませて殺す、とか、難クセつけて、衛兵に殺させる、とか?」
 イルザが言う。
「その心配はありませんよ、ミカさん。『アストリット』様を殺害しても、王家にとっては得も損もありません。こう申し上げては失礼ですが、シーレンベック家は、王家にとって脅威ではないのです。だから、『アストリット』様を人質にすることさえ、考えられません」
 あたしは小声でイルザに言った。
「……いいの、そんなこと言って?」
 イルザがゴットフリートさんを見る。つられて、あたしもゴットフリートさんを見た。
「イルザの言うとおりだ。確かに我がシーレンベック家は王妃とは遠い親戚になるが、だからといって、我が家門に王位継承権はない。王位継承は国王の親族に限られるからな」
 その言葉を受け、ヴィンフリート(真)が言う。
「つまり、姉上が死のうが生きようが、王家にとっては、どうでもいいんですよ? だから、それだけに召喚勅書の意味がわからない……」
 空気が重くなっていくような気がした。


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