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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第36回   ええッ!? スルトの剣を!?
「え? プロメテウス? ギリシャ神話の?」
 あたしの言葉に、ハインリヒが答える。
「ギリシャというのは確かオスマン帝国の一地域だったと記憶しているが、まあ、間違いではない。プロ=メテウスは知恵を持つ巨人であり、人類に火をもたらした存在でもある。その火は人類に繁栄をもたらしたが、同時に戦争も、もたらした。そこから、人間の手には余る火のことを『プロ=メテウスの火』と呼ぶようになった」
 イルザがハインリヒに尋ねる。
「つまり、プロ=メテウスとスルトは同じものだと?」
「どうだろうな? 我が国の神話にうたわれるスルトは、主にラグナロクの最後に出てくるが、オスマン帝国の『それ』の場合、プロ=メテウスは最初の方に出てくる。だが、プロ=メテウスという名には『先を考える者』あるいは『先を知る者』という意味があるからな、案外、この魔術書が作られた当時は同じ神話だったものが、何らかの事情で分かれたか、変形したのかもしれん」
 ヴィンフリート(真)が一同を見る。
「話を戻しますが、サー・ハインリヒは魔術書の解読により、ムスペルが現在のオスマン帝国にあることを突き止めました。そして僕はその場所に行き、『スルトの剣』を手にすることが出来たのです」
 マクダレーナさんが、感無量って感じの笑顔を浮かべてる。そりゃあそうだろうなあ、自分の子供が、大手柄をたてたんだもん。
 ヴィンフリート(真)が続ける。
「その時の冒険譚については中東国家に伝わる千夜一夜の物語になってしまうので、割愛しますが」
 そして持参して来たザックから、汚い包帯みたいなものにくるまれた広辞苑サイズの直方体を机の上に置いた。
「これが『スルトの剣』です」
 みんなの視線が、その直方体に集まる。あたしもそれを見たけど、正直、なんなのか、わからな……。
「…………うッ!?」
 思わず呻き声が漏れる。隣にいたイルザが、気遣うように聞いてきた。
「大丈夫ですか、ミカさん?」
「う、うん。なんていうか、目の奥が痛くて、右腕が痺れる感じがするの」
 左手の親指で左目を、人差し指で右目を押さえたあたしの言葉を聞いて、ハインリヒが頷いた。
「なるほど。『ユミルの眼』と『ユミルの右腕』が反応してるのか。間違いないな、本物だ!」
「向こうでも、ある種の『力』を持っているのを確認しましたが。本物でしたか。幸いでした」
 ヴィンフリート(真)が心底ホッとしたように、安堵のため息とともに笑みを漏らす。
 ……まあ、確かに紛(まが)い物(もの)だったから、もっぺん探しに行く、って訳にはいかないわよね、一番速い乗り物が馬だっていう、この世界じゃ。
 ていうか、まだなんか、おかしいんだけど?
 ハインリヒが言う。
「これがあれば、ユミルを封印し、ラグナロクを『終わらせる』ことが出来る。フェリクスが分析してくれた証拠を、心ある諸侯に提示して議会に諮(はか)れば、戦争のための軍備増強という、王家の野望も潰すことが出来る」
 そうか、ユミルの力がなくなれば、王家も強く出ることが出来ないんだね?
 ていうか、さっきから目の奥と右腕が痛いんだけど?
「では、これをミカに適用しよう」




 ………………………………え?
 今、なんつったこの野郎?
「ねえ、ハインリヒ。今、なんて言ったのかな?」
「『スルトの剣』を、ミカに所持してもらおう、と、そう言ったんだが?」
 笑顔でハインリヒが、あたしの問いに答えやがった。
「なんでやねん!?」
 思わず関西弁で応えたあたしに、ハインリヒが笑顔のまま言った。
「『スルトの剣』で封印されたユミルは、『スルトの剣』を所有する者にしか、その封印を解くことができなくなる。こちらの世界の住人であれば、その所有権を譲渡したり放棄したり、死んだりすれば、ほかの誰かにも『スルトの剣』を所有できるようになるが、異世界の人間であるミカならば、『スルトの剣』を持ったまま元の世界に戻れば、事実上、誰にもユミルの封印を解呪できなくなる」
 イルザが笑顔になる。
「なるほど! さすがは、サー・ハインリヒ」
 イルザの、その言葉に、他の人たちも笑顔になり、どよめく。
 そうか、異世界に持って行っちゃえば、誰にも「スルトの剣」を手にできなくなるってことか。すごいなハインリヒ、頭いいわ! ………………ん? えーっと……? それって……。
「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉっと待てェェェェェェェェェいッッッ!!」
 一同が、あたしを見る。
 でもそれに気(け)圧(お)されることなく、あたしはハインリヒに向く。
「ハインリヒ、アンタ言ったわよね、アストリットにかけられた『魂寄せの秘法』を解くためには、『ユミルの脳髄』が必要だって! でも、ユミルを封印しちゃったら、その方法を知ることが出来なくなるよね!? それに、その四角い箱みたいなのが近くにあると、あたしの目の奥が痛かったりとか、右腕が痺れたりするんだけど!?」
 しばしおいて、ハインリヒが笑った。
「はっはっはっはっはっ、ドンマイドンマイ!」
「ドンマイ、って、なんじゃー!?」
「君が言ったんだが? 『気にするな』って意味の言葉だと?」
「そゆこと言ってんじゃねーのよ!!」


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