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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第35回   ユミル封印の切り札
 ヴィンフリート(真)にあたしのことを説明し終えた頃、あたしたちがいる応接間にハインリヒが入ってきた。
「シーレンベック卿、それからお連れの方々。会議室にお越し下さいと、父が申しております」
 ゴットフリートさんが頷いて歩き始めた。そしてあたしたちも、後に続いた。
 会議室に入ると、そこには威厳たっぷりのナイスミドルが。あの人が、ハインリヒのお父さんね? うわあ、シブいなあ。友だちにおじさん趣味の子がいて、正直その心境が理解出来なかったけど、この人が相手なら、あたし、お付き合いしたいかも?
 ハインリヒのお父さんがあたしを見て、言った。
「君が、ミカさんだね? 私がここの領主、テオバルトだ。ハインリヒから事情は聞いている。災難だったね。だが、是非とも我々に協力して欲しい。私たちも全力で君を護る」
 ……うわあぁぁ、ヤバい。マジでヤバい! 惚れそう!
「では、今後の対策について、説明させて下さい」
 ハインリヒがそう言うと、皆がそれぞれ席に着く。あたしはどこについていいかわからないんで、とりあえずイルザの隣に座った。
 ハインリヒが自分の前に置いてある古そうな本を手に言った。
「この書には『イグドラシルの秘法』が記されています。ですが、我がフォルバッハ家に伝わるものは原本、シーレンベック家に伝わるものとは、違う部分があります」
 ゴットフリートさんが少しだけ、目を見開いて聞いた。
「違う部分? それは一体?」
「ユミルと大樹イグドラシルを描いた挿絵、実はこの部分に、“透(す)かし”で魔術文字が記してあるのです」
 ゴットフリートさんが「ふうむ」と腕を組む。
「サー・ハインリヒ、その魔術文字は、一体なにを伝えているのだ?」
「簡単に言って、他(た)の儀式に隠してある、別の魔術儀式を解く鍵です」
 ゴットフリートさんとマクダレーナさんが、軽く驚いたように小さく声を漏らす。
 ハインリヒが続けた。
「この魔術文字をもとに様々な儀式を解読した結果」と、ハインリヒは別の本を手に取る。
「この書に記された『ユミル復活』にも、別の儀式が隠されていることがわかりました」
 みんなからどよめきにも似た声が漏れるけど、あたしには何が何だかさっぱりだから、きょとんとしてるしかない。
 ゴットフリートさんが言った。
「『ユミル復活の儀式』が、その書に記されている、と!? ということは、王家にもその書がある、ということになるのか!?」
「そこまではわかりません。高祖母ヒルデガルトの日記を読む限り、写本は一組(ひとくみ)しかないはずですし、『ユミル復活の儀式』を記した写本は焼き捨てられているはずです。ですが、もしかすると他にも存在していたのかも知れません。それについては、確認の取りようがないのですが」
 そしてヴィンフリート(真)を見て、お互い頷き合った。言葉を継いだのはヴィンフリート(真)だ。
「サー・ハインリヒは秘密の魔術文字で『ユミル復活の儀式』を解読した結果、その中に『ユミル封印の儀式』が隠されていることを、発見したのです」
「ユミル封印の儀式、ですか」と小さく呟いたのは、イルザだった。
 その呟きを耳にしたんだろう、ハインリヒが頷いて言う。
「ユミルの封印のためには、『スルトの剣』が必要です。皆さんもご存じのように、スルトはムスペルに住む、炎の巨人の王です」
「それはあたしも知ってる。確か、ラグナロクのラストで、スルトの炎の剣が神々の世界を滅ぼすのよね?」
 頷き、ハインリヒが一同を見渡す。
「問題は、『ムスペル』がどこにあり、そこのどこに『スルトの剣』があるのか、ということです」
 まあ、そうよね。スルトの剣があったらユミルを封印できる、っていわれても、どこにあるのかわからないんじゃあ、どうしようもないわ。
「この解読には、少々、手間取りましたが、発想を変えて取り組んだ結果、その場所の特定に成功しました! そもそも『ユミル復活の儀式』の挿絵は何枚もあり、さらに記された魔法円もいくつもあって……」
 なんだなんだ、ハインリヒ、テンション上がってんぞ!? 解読できたのが、すごくうれしくて、興奮が甦ってきたのが、すごく伝わってくる。本当にうれしかったんだろうなあ。なんかを発見したっていう、こういう時、なんて言うんだっけ? クラスメートの誰かから聞いたような気が……。えーと、確か……。
 そうだ、思い出した! 確か……。
「ευρηκα(エウレーカ)!」
 だったわよね!


 ……あれ? なんかみんな、あたし見てビックリしてるよ? あたし、なんかしたのかな?
「ミカさん」と、イルザが言った。
「叫んでましたよ、『エウレーカ』て?」
 あたしに小声でそう言った彼女の顔に浮かんでいるのは、少し恥ずかしそうな笑みだ。
 うが! しまった!
 耳まで熱くなった時、テオバルトさんが咳払いをしてハインリヒに言った。
「ハインリヒ、己(おの)が功を進んで吹聴する者を、賢明とはいわない」
「……失礼しました、父上」
 あ、いつものハインリヒに戻った。
「話を戻します。『ムスペル』の場所は、この国の南方にあるオスマン帝国」
 え? オスマン帝国? って、オスマン・トルコ、だっけ?
「そして、彼(か)の地には炎の巨人の神話が伝わっています。その名は」
 と、一(ひと)呼吸置き、ハインリヒは言った。
「プロ=メテウス」


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