翌朝早く、あたしはシーレンベックさん夫妻、そしてイルザとともにフォルバッハ領に向かっていた。ちなみに二台の馬車に分乗して、先頭のちょっと豪華な感じの馬車に乗ってるのがシーレンベック夫妻、それに続く馬車に乗ってるのが、あたしとイルザだ。 「ねえ、イルザ、あたし、なんの説明も受けずに馬車に乗せられたんだけど、そろそろ話してくれないかな?」 外の景色を眺めていたイルザはあたしを見て、頷いた。 「そうですね。ここまで来れば……」 「ここまで、来れば……?」 なんだ、それ? 「サラマンダーが容易に潜入し、さらに潜伏できていたことを考えると、パトリツィア以外にも協力者や潜入者がいる可能性が高い。まして王家が絡んでいるとなると、今後もどのような形で協力者が潜り込んでくるか、わかりません。つまり、本当に秘密にしなければならない話は、邸宅内では困難ということです」 「なんか、あるのね、重大な話が?」 頷き、イルザは口元に笑みを浮かべて言った。 「ヴィンフリート様が、お戻りになりました」 「え? それ、どういう……? ていうか、ヴィンフリート様、って、本物のヴィンって事?」 「はい」 そういえば、イルザは影武者、本物のヴィンフリートがどこにいるのか、話せない、ってことだったわね。 「数ヶ月前のことです。サー・ハインリヒからいただいたお手紙をお読みになった、領主ゴットフリート様の命(めい)で、ヴィンフリート様はフォルバッハ領へ出向かれました。その際、私もお付きのメイドの振りをして同行いたしました。そこでラグナロクが動き出したことを知らされ、ヴィンフリート様はそれに対抗するための最終手段を手に入れるため、密かに姿をおくらましになったのです」 「ラグナロクへの最終手段!? そんなものがあるの!?」 「はい。ですが、私は、それについては何も……」 「そっかあ」 あたしはちょっとだけテンションが下がった。ま、もしかしたらイルザは知ってて知らんふりしてるのかも知れないし、あるいは本当に知らないのかも知れない。 「姿をくらましたっていうことだけど、どこへ行ったの?」 この国の地理とか地名とか知らないから、説明されてもわかんないけどね。 「すみません、私もどこへ行かれたのかまでは、知らされておりません。ただ……」 「……ただ?」 「サー・ハインリヒは、ご自身に施した魔術により、魔術書に記された魔術を行使した時に起きる、ある種の異常な力を感知出来るそうです。ただ、それは確定的ではないし、ミカさんが仰(おっしゃ)るところの『周回』によっては、まったくわからない時もあったそうです。それでもなにか異常な事態を予期し、同じ系統の魔術書を伝える領主様に、万が一に備えて対策を手紙で伝えていらっしゃったそうです。その対策の一つが、その最終手段の入手。しばらくやりとりをした結果、ヴィンフリート様が動かれることになったのです。その具体的な行く先まではわかりませんが、なんとなくこの国の外に向かわれるような雰囲気でした」 「国外なの?」 「確信はありません。ですが、かなりの長期間に渡ることや、その時に同行させる者たちが持っている外国語の技能(スキル)、そういったところから、なんとなくそう感じました」 なるほどねえ。極秘に長期間、外国へ出るんなら、領主が動くわけにはいかない。かといって、事情を知らない使用人に任せるわけにも行かない。ハインリヒと婚約しているアストリットってわけにもいかず、そこでヴィンフリートにってことか。 あれ? でも、それって……。 「ねえ、それって、普通に『留学』ってことにしたらよかったんじゃないの? だったら影武者のイルザが出てくることも」 死んじゃうこともなかったし。 「私には全く自覚はないのですが、今ミカさんが仰(おっしゃ)ったように、留学ということにしてヴィンフリート様が動かれたこともあったそうです。ですが、道中、お命を……」 「ああ、そうか。お屋敷にはサラマンダーとかが潜入していたんだったわね」 イルザが難しい顔で頷く。 馬車はそろそろフォルバッハ領に着く頃だ。
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