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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第32回   転生
 ヒルデガルトたちが帰って行ったのを確認すると、レオポルトは邸宅を出る。そしてそこから離れた位置に新しく建てた、一階建ての、石造りの小さな建物に入った。
 二十エル(約八メートル)四方のそこは殺風景で、中央に魔法円や魔法陣が描いてある。そしてその中に、ブナの木材で作った寝台(ベッド)があった。この寝台にも様々な魔法円や魔法陣が描いてある。その寝台のさらに先の壁には、十個の丸に囲まれた裸体の男の絵があり、その足下(あしもと)には四角いすり鉢状のスペースがある。縦二エル(約八十センチ)、横五エル(約二メートル)。その中は、すっかり赤黒くなっており、その周囲にも赤黒い放射状の模様があった。
 それはそのすり鉢を中心にして血が噴き出しているかのように思え、事実、それはユミルへの血の供犠(くぎ)を行う祭具であった
 此所(ここ)こそは、ユミル復活の儀式の間であったのだ。
 レオポルトは寝台の上を見る。そこには一糸まとわぬ姿のアンゲリカがいた。だが、体のあちこちを負傷し、四肢は明らかに動かせないであろうことが見て取れるほど、変形している。
 寝台に近づき、レオポルトは言った。
「アンゲリカ、ヒルダはお前が死んだと信じたようだ」
「そうですか……」
 弱々しく、か細い声でアンゲリカは答える。
「私が死んだと思えば、あの子は油断するでしょう……。私の方は、もう、秘術を……転生の秘術を発動させる、儀式を終えました……。あとは、お父様による、仕上げだけ、です……」
「そうか」
 弱々しい笑みを浮かべ、アンゲリカは言った。
「転生の秘術により、ここで死を迎え、霊化することで、今、私が持っているユミルの力は、私の魂につなぎ止められます……。ヒルデガルトの自由には、ならないわ……。私が死んだと思っている今のうちに、私の命の灯火が消えれば……」
 その表情を見ていると、さしものレオポルトの胸中にも、哀惜(あいせき)の念が湧き起こってくる。だが。
「俺も、またお前の傍(そば)に生まれ変われるのだな?」
 そう言うと、アンゲリカはまた、弱々しい笑みを浮かべて答えた。
「転生の秘術の応用で、『魂寄せの秘法』というものがあります……。これを使って、転生後の私の傍にいる殿方に、お父様の魂を宿らせますわ……」
「そうか……」
 柔らかい笑みの浮かぶのが、自分でもわかった。このような表情が出来るとは、レオポルト自身も、内心で驚いている。
 頷いて、アンゲリカは言った。
「『魂寄せの秘法』を完全にするには、相手の魂の情報が必要……。お父様、お父様の血をいただけますか……?」
 レオポルトは左腕の袖をまくり、ナイフをそれに当てかけて……。
 思い直し、ナイフのその切っ先で自分の上(うわ)唇(くちびる)の内側を切る。そしてアンゲリカと唇を重ねた。
 血の接吻を終えると、満ち足りた笑顔を浮かべ、アンゲリカは呪文の詠唱を始めた。

 呪文詠唱を終え、アンゲリカが頷く。
 頷き返し、レオポルトは寝台近くにある、高さ二エル(約八十センチ)、一エル(約四十センチ)四方の石を見る。
 これは方解(ほうかい)石(せき)で作った要(かなめ)石(いし)。もし万が一、教皇庁にこの建物のことを知られた時、古代の神の儀式を行っていた、そして忌まわしき血の供犠を捧げていた事を知られた時に、その痕跡を一瞬で消すための装置。神殿の直下(ちょっか)には、深さ十エル(約四メートル)の穴が掘ってある。神殿が崩れれば、その穴に神殿が落ち込むようになっている。
「仕上げだ……」
 そう言ってレオポルトは剣を抜き、気合いとともに要石に振り下ろす。
 金属音とともに石が砕け散り、カケラがあちこちに飛び散る。
 やがて床石が抜け始めるのにあわせ、引きずられるようにして壁がたわみ、重く作ってある天井を支えきれなくなって、神殿が崩壊を始めた。

 最後のその瞬間まで、レオポルトとアンゲリカは、お互いを笑顔で見つめ合っていた。


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