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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第30回   改革
 姉アンゲリカの部屋に行き、魔術書を探す。どこか難しいところに隠してあるかと思ったが、そういうわけではなく普通に書棚に収めてあった。
「五冊、全部あったわ」
 念のため、中を確認する。破られたページもなく、きちんと揃っていた。
「もし、これ以外に姉が写しを作っていたら、話は別だけれど」
 と、ヒルデガルトはバルドゥルを見る。
 その意を察してくれたバルドゥルが頷き、あちこちを探す。だが、どうやらこれ以外には魔術書は、ないようだった。
「壁に隠し扉はないようだな。……ベッドも普通のものだし、……テーブルにも特に仕掛けはない。ヒルダ」
「そうですか。では、この五冊、きちんと揃ったということですね」
「なあ、他の部屋にある、ってことはないか?」
「それはありません。もし誰かの目にとまって、実行されでもしたら、そして何らかの効果を示されでもしたら。姉が魔術を実践して、なんの効果もなかったのなら姉もこの魔術書に重きを置かなかったでしょうけど、実際に、効果があったのですから、仮にこれ以外に写本を作っていたとしても、自分の手元に置いておくはずです」
「なるほどな。……なあ、そもそも、どうしてヒルダとアンゲリカとで、同じ本を二冊ずつ、持ってるんだ?」
 膝の上に置いた五冊を見て、ヒルデガルトは、過ぎ去りし日を回顧する。
「この本を見せてくれたのは、亡き母です。五年前のことでした。マイスナーの家には、こういうものが伝えられているのよ、と。姉とあたしは興味を持ちました。当然、お互いが欲しがりました。そこで、本を写そうという話になったんです。ですが、その後、五冊の内、三冊は同じものがすでに存在することがわかり、それ以外の二冊をあたしは書き写しました。そして二人で所有したのですが、ある日、ふとした偶然から、あたしがもらった三冊の内、一冊は写本ではなく原本だということがわかったんです」
「例の、潜在的ゼフィラがどうの、ってやつだな?」
「はい。あの透かしを見つけた瞬間、これは写本ではなく原本だと、直感しました。……あたし、姉には対抗意識を持っていましたから、そのことは黙っていたんです」
 バルドゥルが苦笑する。
「わかるぜ、その気持ち。相手に対して優越感を抱ける、なにかが欲しいんだよな」
 そういえば、バルドゥルはよく「優秀な兄」がどう、と言っている。自分も、フォルバッハ家で開かれる舞踏会には、何度か行ったことがあるが、他の選帝侯に挨拶に行くことばかりで(その理由は、後に婚姻関係を結ぶための顔見せだということは、容易に察しがついた)、ヒルデガルトやアンゲリカがフォルバッハには挨拶に行くことはなかったのだ。
 だから、バルドゥルの兄であるクーンツがどういう人間であるかは、さして裏付けのない風評で聞くだけであった。
 いわく、十才の頃に、王都の学士院で講師をしたことがある、英才。この話を聞いた時には、姉ほどの天才はこの世に存在しないと思っていたから−もっとも今でもそう思っているが−まさかと思っていたし、今でもそう思っている。

 魔術書を押さえた以上は、長居をすることもない。下手にここにいると、先に父に提案したバルドゥルの計画に、支障が出るかも知れない。
 なので、二人はマイスナー領をあとにした。

 その二日後、父レオポルトが病(やまい)で急死し、すでに密葬という形で葬儀を終わらせた、という通知が届いた。病気で急死、葬儀は密葬。これは「本人は自殺した、教皇庁の教義で自殺は罪とされているから、内々に葬儀を済ませた」ということである。
「そう、お父様は亡くなったの……」
 バルドゥルの別宅でその通知を見せられ、ヒルデガルトの心は沈んだ。だが、不思議と涙は出なかった。あの姉が死んだ時でさえ、号泣したというのに、何故だろう、と自分でも不思議に思う。
 きっとアンゲリカの時に、流すべき涙を、すべて流してしまったからだ、と思ったが、そうでもないように思う。

 もしかしたら、父に別離(わかれ)を告げた時に、すでに父が死んだと、自分の中に納得させたからだろうか、とも思うが、結局、その心理は自分でもわからなかった。


 その後については、いろいろな動きがあった。まず、マイスナー家は断絶となり、領地は王家直轄統治となった。それに伴い、十数人残っていた親族については、貴族の身から平民に落とされ、各地の貴族の預かりとなった。運が良い者は客分扱いとなって執事、あるいは何らかの役付きとなったようだが、中には下男下女になった者もいるらしかった。
 マイスナー家に仕えていた者たちも、希望者については各地の貴族たちの預かりとなり、ある者は以前と同じ役職を、ある者は違う役付きとなったようだった。希望しなかった者については、それぞれが身につけた技能を持って、各地に散ったらしい。詳細はわからない。

 選帝侯制度については、完全な形での復活にはならなかった。というのも、レオポルト死亡から旧選帝侯や有力諸侯たちが動き出すまで、わずか数日ではあったが、その間(かん)に現王、そして教皇が近隣諸国に働きかけて「王位は世襲制、直系がいない場合にのみ、継承権順位の高い順に王位を継ぐものとする」という、教皇の金印勅書を有効にしていたからである。したがって、「選帝侯」ではなく、王家以外の王位継承権を持つ者たちそれぞれの「後見」という形になり、その権力は以前ほどのものではなくなった。
 その結果、王家の権力は絶大なものになった。王が専制君主化することを危惧した文官たちにより、王が発布する各種の法については必ず上院及び下院、二院の採決を通さなければならないことを、教皇の勅書によって、王に認めさせることに成功した。

 細かな改革については他にもあるが、マイスナー家の断絶が、国家体制に影響を与えたことは紛れもない事実であった。


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