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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第29回   宣告
 邸宅の中へ入ると、オッペンハイムが車椅子を用意してくれていた。それに座ると、オッペンハイムが押してくれる。その隣を、バルドゥルが歩いてついてくる。父の執務室へ行くと、その前にいた使用人が扉を開ける。
 中に入ると、自分に小さく気合いをかけ、ヒルデガルトは車椅子から立ち上がる。
「お、お嬢さま?」
 オッペンハイムのうろたえた声が聞こえたが、相手にせず、ヒルデガルトはそのまま一歩を踏み出す。

 椅子に座った状態ではなく、立ってその姿を、覚悟を見せつけたい。

 その想いが、痛みに勝(まさ)っている。痛みに耐えている自分の顔は、さぞすさまじい形相になっているだろうと想像していると、バルドゥルがヒルデガルトの左側に回り、そっと右の肩を抱いて支えてくれた。
 暖かいものを胸に感じつつも、ここは非情に徹せねばならない。
 デスクについているレオポルトが問うてきた。
「ヒルダ、戻ってきたか。察するに、契(ちぎ)る相手を見つけたという報告か?」
 軽口を叩いているつもりかも知れないが、声にまったく覇気がない。その姿からも、以前のような、静かながらも覇王の如き凄烈さが微塵も感じられなかった。
 これがあの父であるのかと、疑いを挟みそうなほどの変わり様だ。
「オッペンハイム、ちょっと外してもらえる? あたしとお父様と、バルドゥル様の三人だけにして欲しいの」
「かしこまりました」
 ヒルデガルトの言葉に、恭(うやうや)しく礼をして、オッペンハイムが退室する。
 三人だけになったのを確認して、ヒルデガルトは言った。
「数日間、無断外泊をいたしました。お許しください、お父様」
 一応、無断外泊の非礼を詫びる。だが、それに対して特に応えるでもなく、レオポルトは言った。
「その若者は見覚えがあるが、誰だったか?」
 バルドゥルが一礼する。
「ペーター・フォン・フォルバッハが次子、バルドゥルにございます。閣下には、先々月、我がフォルバッハ領にて開きました舞踏会にて、ご挨拶申し上げました」
「ああ、そうだったな。サー・クーンツのお加減はいかがかな?」
「はい、このところ調子が良いようで、閣下にご挨拶できなかったことを頻(しき)りに悔いております」
「気にするな、と伝えてくれ」
 社交辞令も一(ひと)段落(だんらく)したところで、ヒルデガルトは言った。
「お姉様が亡くなったそうですね?」
 その言葉にレオポルトは両手を組み、机上に両肘を突いてそれを支えに、額を手の上に置いた。
「例の洞窟が落盤したというので向かったところ、アンゲリカは崩れた岩の下敷きになっていた。とっさのことで走って逃げるより、腕で防ごうとしたのだろうな。……体中の骨が折れ、内臓も潰れていた。むしろあの状態で、死んでいなかったのが不思議なほどだった。だが、結局、意識を取り戻さないまま……」
 やはり、想定しなかったことに対処しきれず、反射的に腕で防ごうと考えたのだろう。
 ヒルデガルトは渇いた心で、レオポルトに、宣告するように言った。
「お父様。『ユミルの力』の使い手であったお姉様がいなくなったとなれば、旧選帝侯たちが動くのは必定(ひつじょう)。ここぞとばかりに意趣返しをしてくるのは、想像に難(かた)くないことです。おそらくは、妹であるあたしのことも、力の使い手ではないかと推量し、身柄の引き渡しを要求してくるに違いありません」
 レオポルトがゆっくりと顔を上げるが、その瞳にも顔にも、やはりかつての凄みはない。
 その哀しさに、知らず知らず、涙がこみ上げてきそうになったが必死にこらえ、ヒルデガルトは続ける。
「ですが、あたしには、その力はありません。お姉様はあたしが『ユミルの眼』を奪ったと思ったようですけど、あたしが実行したのは、無効化の魔術、つまりあたしには『ユミルの力』はないのです」
「そうか……」
 ヒルデガルトの「はったり」に応えたレオポルトの呟きは、自動的に口から出たもののようにさえ思える。
「お父様、あたしから提案があります」
「提案?」
 頷き、ヒルデガルトは、いったん息を引いてから吐き、もう一度、口から吸って、言葉を紡ぎ出した。
「旧選帝侯たちの動きを最小限におさえるため、お父様には、あたしをその手で殺したことにしていただきたいのです」
「……な、に……?」
 レオポルトが目を見開くが、ヒルデガルトは無視して続ける。
「そして、国王陛下に爵位と領地を返上し、一平民として教皇庁へ行って奉仕者となって、余生を送って下さい。そうすれば旧選帝侯たちも、立場上、責めてこないはず。いかがですか?」

 バルドゥルから、ヒルデガルトへの提案である。
 今は選帝侯がマイスナー家のみだが、レオポルトが爵位を返上すれば、選帝侯がいなくなる。すると、選帝侯が有する各種特権に対し、旧選帝侯たちが動き出す。だが、おそらくは他の有力諸侯たちも動き出すだろう。そもそも王位継承において、継承権を持つ者たちによる政争・戦争を起こさぬようにと、定められた制度だ。その選帝侯の地位を求めて戦争を起こすなど、愚の骨頂。丸く収めたくば、新たな王に戴冠(たいかん)する権利を持つ教皇の権威が、大きなものになる。
 つまり、教皇庁に身を寄せれば、旧選帝侯たちも、強く出ることは出来ない。また、娘を殺して直系血脈を断ったとなれば、対外的に「これまでの責任」を取ったことになるし、「ユミルの力」の脅威もなくなる。何より今後、マイスナーは選帝侯になり得ないことをも、表明することになるのだ。

 ヒルデガルトにとっては提案であるが、レオポルトにとっては死刑宣告にも等しいこと。
 果たしてレオポルトは。
「わかった。そうしよう」
 即答し、静かに頷いた。
 それを聞き、ヒルデガルトは、
「お父様の英断に感謝いたします」
 と一礼する。そして礼から直るが、顔はうつむいたままに、小さく呟いた。
「さようなら、お父様」
「父」への別離(わかれ)を口にすると、バルドゥルに言った。
「行きましょう、バルドゥル様!」
 自分でも、内心、驚くほどの凜とした声だった。
「ああ」
 対し、バルドゥルの返答はヒルデガルトを気遣うような、哀調を帯びたものだった。


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