オッペンハイムはこちらが存外、落ち着いているのが、想定外のようで「ヒルデガルトお嬢さま?」などと、問うてくる。 「あ、ああ、オッペンハイム。ある程度、予想はしていたから」 バルドゥルたちが調査の者を差し向けていたということは、言わぬ方がいいだろう。そう思い、チラとバルドゥルを見ると、彼も小さく頷いた。どうやら用心して正解だったようだ。 ヒルデガルトは小さく息を吐き、少しの間、考える。だが、もう答えは決まっていた。顔を上げ、オッペンハイムに言う。 「オッペンハイム、邸宅(いえ)に戻るわ」 「しかし……」 と、オッペンハイムがバルドゥルを見る。 「今はまだ、動かさない方がいい」 予想していた言葉だ。だから、即座に言った。 「大丈夫!」 「大丈夫じゃない!」 バルドゥルも予想していたのだろう、即座に言葉が返ってきた。 ため息をついてバルドゥルが言った。 「気持ちはわからんでもないが。今の君は、立つのがやっとだろう?」 事実、その通りだった。この状態では行くことはまず無理だろう。だが、気がはやって仕方がない。 だから、無意識にも言ってしまったのだろう。 「それなら、バルドゥル様が、あたしの脚になってください!」 数瞬の後(のち)。 「あ、ああああ! す、すみません! あたしったら、なんて失礼なことを!」 バルドゥルに全身をあずけている己、バルドゥルに気遣われながらなんとか歩いている己を想像し、その情景にたとえようのない安心感を覚え、耳まで熱くなる。頬が熱くなり、吐息は実際に尋常ならざる熱を帯びているように思えた。 一方のバルドゥルは。 「え? あ、ああ、いや、別にいいけど?」 あっけにとられているようだった。 だが、ミリヤムは。 なんとなくそちらを見ると、ミリヤムはヒルデガルトを見て、今にも笑い出しそうな表情で右手を口元に当て、「あらあら、まあまあ」などと呟いていた。
「なあ、オッペンハイムさん、今、ヒルダも言ったけど、俺が彼女を支えながら歩く。それなら、まあ、なんとかなるような気がするんだ。問題は。……ヒルダ、相当、痛いと思うが、それでもいいのか?」 ヒルデガルトの決意のほどを問うかのようなバルドゥルの視線に、しっかりとした意志で頷くと、バルドゥルも頷いた。そしてオッペンハイムといろいろと相談し始めた。 それを確認した後、ヒルデガルトはミリヤムに言った。 「あ、あの、ミリヤムさん」 「なんでございましょう、ヒルデガルト様?」 先刻とは打って変わり、妙に澄ました表情で姿勢を正し、こちらを見る。それにわざとらしいものを感じながらも、ヒルデガルトは言った。 「先ほど、あたしの顔が赤くなったのは、バルドゥル様に対して、失礼な発言をしてしまったが故(ゆえ)に気が動転してしまい、舞い上がってしまったためのもの。決してバルドゥル様のたくましさを想像して、とかではなくて! え、えとえと……!」 思わず口が滑り、舞い上がる。何を言っていいやら、まるで頭に浮かばない。 ミリヤムは変わらず、事務的にさえ聞こえる、澄ました口調で言う。 「わたくし、他人(ひと)様の心中(しんちゅう)まで洞察する技量は、持ち合わせておりません。ですので、ヒルデガルト様がバルドゥル様にどのような心情を抱いておられるか、まったく推量できません。失礼ながら、ヒルデガルト様のお顔が紅潮なさっているのは、お体の痛みによるものと思っておりますが?」 だが、目は笑っていた。
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