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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第24回   訃報・U
 アンゲリカが事故に遭って、瀕死の重傷。
 率直に「有り得ない」と感じた。「ユミルの力」があれば、あの爆発と落盤の中であろうと、逃げられるはずなのだ。
 ヒルデガルトが難しい顔をして、右手を顎に当てていたからだろうか、ミリヤムが聞いてきた。
「何か、ご不明の点でも?」
「え? ええ、先日もお話ししましたが、姉が手にした『力』は人知を超えたもの、洞窟の落盤程度で重傷を負うとは思えないのですが?」
「わからんぜ? たとえ巨人の脳髄だったとしても、突然起こった爆発や落盤は予想もしていなかっただろうし、左腕一本じゃ、落ちてくる岩石を防ぎきれないかも知れない。走って逃げようにも、今、言ったような事情じゃあ、脚を活かせないだろうしな」
 バルドゥルの言うこともわかるが、あの姉だ、「ユミルの力」を使いこなしてあの危機をやり過ごしたに違いない。
「でも、『ユミルの耳』があります。それを使えば、事前に落ちてくる岩石の音を聞き、どこへ落ちるか予測できるでしょう」
「だが、体がそれに反応できるかな?」
「え?」
「確か、パーツは脳髄・眼・耳・口・右腕・左腕・右脚・左脚・生殖器・心臓の十個だったよな? 肺がないぜ?」
「肺?」
 いきなり、何を言いだしたかと思っていたら、バルドゥルは確信をこめたように言った。
「その『ユミル』っていう巨人は、呼吸を必要としないのかも知れない。『鼻』がないもんな。でも、人間は呼吸をしないとならない。ムチャクチャな動きをしていたら、息が上がって、体がついてこないんじゃないか?」
「でも、呼吸なら、口でも……」
 言いかけて、思い出した。ユミルのそれぞれのパーツには、魔術的な意味がある。その中に「呼吸」を意味するものはなかった。
「だろ?」
 と、バルドゥルがニッとする。
「でも……」
 それだとすると、あの高速の移動中は息を止めているということになる。ひょっとしたら、長時間、高速で走らせ続けることが出来たら、姉を行動不能に追い込めたのではないだろうか? そうしたら、あの罠を発動させることも……。
 いや、どの程度、走らせる必要があるか、わからない。なら、やはり、あの罠を動かすほかなかった。
 そう思っていたら。
「昨夜遅くなのですが」
 と、ミリヤムが言った。
「私の話をさせていただいても?」
 バルドゥルが頷く。ヒルデガルトも興味があったので、同じく頷いた。
「それでは。……昨日の昼頃から、マイスナー領内の、マイスナー邸宅の動きが慌ただしくなった。そして、夕刻、突然、静かになった」
 バルドゥルが腕を組む。そして。
「で、詳細は?」
 と聞くと。
「ハンクシュタインは、旅の商人としてマイスナー領に入っております。ご邸宅にまでお邪魔する権限は持っておりません。それに、彼には潜入調査のスキルはございませんので。……聞き込んだ範囲でわかったことは、主治医が呼ばれ、どうやらアンゲリカ様の死亡を確認したらしい、と。これが、昨夜遅くに帰ってきたハンクシュタインの報告でございます」
 思わず、息を呑んだ。バルドゥルが気遣うような視線を向けてくるが、それに応じる余裕はない。
 空気を読んだのか、わからないが、ミリヤムはこちらを見ずに事務的に言った。
「その後、教区教会から司教と司祭数名が、領主邸宅へと赴いたようです」
 胸がつかえ、呼吸が苦しくなる。あの爆発の時、自分はその場を見ていなかった。だから、何が起きたのかわからない。眼と右腕以外の「ユミルの力」を手にしているのだからと、そういう先入観を持っていたが、もしかすると、姉アンゲリカは、とっさのことでその力を使う余裕がなかったのかも知れない。
 もともとは洞窟の通路を潰して時間を稼ぐための罠、相手を「怪我」程度で済ますといった手加減など、出来るわけはなかった。

 気がつくと、涙がこぼれ、慟哭していた。

 いかなる状況に陥ったとしても、やはり姉と妹だったのだ。


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