「とにかく、朝飯にしようぜ」 バルドゥルの言葉に頷いたミリヤムが、ベッドに寝ているヒルデガルトの上半身を起こしてくれる。養生のおかげで体の痛みはかなり引いてきた。だが、それでもまだ左腕は動かず、腰の痛みも治っていない。医者の見立てでは、左腕は前腕部が骨折しており、脚と腰は筋を痛めているとのことだった。 キャスター付きのナイトテーブルにヒルデガルトの食事を移し替え、ミリヤムがヒルデガルトの前に持ってきた。 「いつも申し訳ございません」 本心から謝罪すると、ミリヤムが笑顔で言った。 「ヒルデガルト様がお気になさることではございませんわ」 「そうそう。病人は病人らしく、黙って看病されてりゃあいいんだよ。なまじ家のこととか、弟がどうのとか、口を出すものじゃないって」 妙な具体例を口にしながら、バルドゥルが紅茶を運んでくる。 ミリヤムがバルドゥルに言った。 「昨夜の件ですが」 「ん? ……ああ、あれか。ここのところ、いろいろとあって忘れるところだった」 バルドゥルの返事に、ミリヤムがムッとした表情になる。 「悪い。で、どうだって?」 バルドゥルが席に着くのを見て、ミリヤムが席に着く。この三日間、二人を見ていて気がついたが、彼らは主人と使用人というよりは友人同士のように見える。もちろん、ミリヤムはバルドゥルに対して敬語を使っているし、今だってバルドゥルが席に着いてから、ミリヤムは椅子に座っている。だが、そもそも主人と使用人が同じ食卓に着くということ自体、異常なのだ。 しかし、ヒルデガルトはそれを心地よく思っていた。出来るなら、マイスナーの家でも、このように出来たら。 そう、執事のラファエルとも、ともに食卓を囲むことが出来ていたら……。 「……あ……」 思わず、目頭が熱くなる。それを見たバルドゥルが訝しげな表情になる。 「どうした? どこか痛むのか?」 そう聞いてきたバルドゥルに答えることは出来ず、ただ首を横に振るのみ。そして。 「いただきます」 笑顔を浮かべて、ヒルデガルトはサラダにフォークを刺した。
食事を終えた後、ヒルデガルトは気になったことを話した。 「あの。先ほど、仰っていた『昨夜の件』というのは、なんですか?」 食事中の話題には出なかった(マイスナーの家では、食事中のおしゃべりは厳禁だったので、これも異常事態に思えた)ので、少し気になったのだ。 というより、先刻から気になっていた。 ミリヤムがバルドゥルを見た。バルドゥルが頷く。そして。 「俺から話そう」と、バルドゥルがヒルデガルトに向いた。 「ヒルダから、『洞窟を爆破して、アンゲリカを足止めした』って聞いただろ? で、念のために人を使って、周辺の様子を調べたんだ。聞き込みもさせた」 「……それって、姉が生きていた場合、あちこちに捜索をかけるかも知れないから、用心のために、っていうことですか?」 バルドゥルが頷く。先(さき)の印象では、このバルドゥルという青年は考えの浅いところがあると思ったが、なかなかに用心深いようだ。 ヒルデガルトは続けて聞く。 「それで、どうだったんですか?」 バルドゥルがやや難しい表情になって言った。 「詳しい容態(ようだい)は不明だが、アンゲリカは洞窟の落盤事故に遭って、瀕死だという触(ふ)れが、領内に出されたそうだ」
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