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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第21回   ハインリヒからの手紙
 あたしの脳裏に、ふとバザールで見かけた、ひょろ長い男のことが浮かんだけど、それを言う前に、ミレッカーさんが口を開いた。
「若のお命じになった通り、ウンディーネを待ち伏せておりましたところ、奴はノルデンの方から、恐るべき速さで現れました。あの速さは、文字通り矢のようです」
 そうか、走ってやって来たか。まあ、あの脚なら、馬に乗るよりも速いわね。
「そして作戦通り、奴を包囲し、包囲網を飛び越えようとしたところを、矢で狙いました」
 あたしがウンディーネについて話したことから、そういう作戦を組み立てたのか。イルザってすごいわ。
「しかし奴はその矢を手で弾いたため、傷を負わせることは、かなわず。そこで林の中に追い込んで、その脚を封じる作戦に移行したのですが」
 林の中に追い込む。……本当、そういう作戦を練るってイルザってマジ、すごい。
「奴はことごとく立木(りつぼく)を蹴り折り、我々を牽制。最後には高枝に飛び乗り、飛び移りながら、馬を奪って逃走いたしました」
「木を蹴り折ったの、あの女?」
 ミレッカーさんが頷く。
 うわ、あたし、そんなヤツのキック、受けてたのか。よく無事だったなあ……。
 ゴットフリートさんが考え込むように腕を組んで、時間をおいてから言った。
「おそらく、もうノルデンに奴はいないだろう。となると、こちらから打って出るのは、不可能だが」
「それについては、私に考えが」
 と、イルザが言った。

 部屋を出ると、ちょっと遅い、お夕飯。
 応接室を出て食堂に向かいながら、イルザ……もとい、ヴィンが「なぜサラマンダーが、あたしを助けたか」について説明をしてくれている時、ヘルミーナさんがやって来た。一緒に応接室を出たゴットフリートさんに用があるみたい。
「ご主人様、サー・ハインリヒの使いの方が、これを」
 そう言って、手紙をゴットフリートさんに手渡す。一礼してヘルミーナさんが去ると、それを開いて、ゴットフリートさんが読む。あたしとヴィンも、なんとなく興味を覚えて、立ち止まった。
 読み終えたゴットフリートさんが口元に笑みを浮かべ、それをヴィンに渡した。ヴィンが受け取り、目を通す。なんとなくあたしは読んじゃいけない気がして、ヴィンから離れていると。
 やっぱり、ヴィンも口元に笑みを浮かべて頷いた。
 ?
 二人にとって、なんかうれしいことでも書いてあるのかな?

 深夜。
 寝所(しんじょ)に王妃グレートヒェンが入ると、何者かの気配。だが、すぐにわかった。
「お前か」
 その言葉で、痩せて背ばかり高い男が、闇からにじみ出るように現れた。
「ご報告を」
 男が、ノルデン付近でのことを報告する。それを吟味し、グレートヒェンは唸った。
「やはり、『パトリツィア』の正体を見破られたことが痛かったか。これまでの展開では、サラマンダーが屋敷に直接、乗り込んだ時は、ヴィンフリートには、『パトリツィア』が部屋から部屋の移動についていた。おそらく、そのことでヴィンフリートは誰とも接触できず、サラマンダーの正体を知っている者と接触できなかったのであろうな。しかし、何者なのじゃ、サラマンダーのことをヴィンフリートに伝えた者とは?」
 考えてみるが、見当もつかない。強いて言えば、バザールの時に割り込んできた騎士。女だということらしいから、鎧を脱げば、屋敷のメイドに化けることも出来るのだろう。あるいは、最初から屋敷のメイドだったのか?
「あの屋敷で腕の立つメイドといえば、ハンナか、ゲルデ・シュターデじゃが。ハンナは、バザールの時にいたというし、ゲルデは屋敷勤めをやめ、シーレンベック領にある実家の商家を手伝っているはず。……フム、ゲルデの方は調べる必要があるのう。よし、まずはそれを調べよ」
「かしこまりました。ところで、ウンディーネですが、帰りは馬を使ったにも拘わらず、脚への負担はかなり大きかったようで、今、まともに闘える状態ではない、とのこと」
「木を何本も蹴り折るとは、なかなかに豪快な奴じゃ」
 思わず、笑いがこみ上げる。ウンディーネは「ユミルの脚」を、使いこなしているようだ。
「私(わたくし)も出ましょうか?」
「いや、『ユミルの耳』の力、その二分の一をお前に授けてある今は、諜報(ちょうほう)・連絡役に勤めよ。アストリットどもの動きを把握せねばならぬ」
「かしこまりました。では、ゲルデ・シュターデの動向を探ります」
 そして、気配は消えた。

 どうにも、以前の様に事態を思うように制御できない。これはアストリットの動きが変わったことが大きい。
「これはもしや……」
 ふと、グレートヒェンは、ある可能性に思い至った……。


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