無事にイルザたちが戻ってきた。その時のあたしの安堵感、想像して欲しい。 あたしは、イルザとゴットフリートさん、そしてウンディーネ対策で追撃した(という)ミレッカー騎爵と一緒に、応接室にいた。ちなみに、ミレッカーさんは、イルザがヴィンフリートの影武者やってるっていうのを知ってるそうだ。 イルザは、林の中でサラマンダーと闘ったって言ったけど、その正体は。 「……え? サラマンダーの正体って、クレメンスだったの!? っていうか、クレメンスがサラマンダーだったの!?」 あたしは、あごが外れそうなぐらい、驚いた。まさか、あの時あたしを助けてくれたクレメンスが、サラマンダーだったなんて!! ……ていうか。 「え? ちょっと待って? クレメンスがサラマンダーだったとしたら、なんであの時、あたしを助けてくれたの? ひょっとして、仲間割れ?」 もしそうなら、条件次第では、こっちの仲間になってくれるかも、ハンナみたいに! ……いや、ハンナは殺し屋とは違うんだけれども。 イルザは、 「それに関しては、あとで。ところで、林の中で奴が使っていた矢と、おそらく使う予定だったらしい金棒を拾ってきたんですが」 と、例の特殊な矢と、様々な長さの金棒を見せた。 「どちらも先端から、かすかにオレンジの香りがします。ミカさんから『サラマンダーはオレンジの香りの、麻痺性の香(こう)を使う』と聞いていたので、もしかしたら、と思っていたのですが、これで確信に変わりました。奴が使っている毒は、ヘレボルス・ニゲルです」 なんだ、それ? あたしは、イルザに聞く。 「なに、そのヘレボルス……なんとか、って?」 イルザが答えた。 「ヘレボルス・ニゲル。レンテン・ローズ、と言った方がいいですか? もしかして、ミカさんの世界には、ない植物でしょうか?」 「うーん、ゴメン、聞いたことないわ」 「ちょっと待ってください」 そう言って、イルザは部屋を出て、しばらくして一冊の本を持って戻ってきた。 「これですが?」 開くと、それには植物の絵が描いてあって、その上に「ヘレボルス・リグリクス」と書いてあった。 「あ、これ、クリスマス・ローズじゃん」 イルザが首を傾げた。 「え? クリスマス・ローズ? ミカさんの世界では、そういう名前なのですか?」 「うん。……へえ、こっちの世界では、ヘレボルスっていうんだ」 「はい。草全体、特に根に強い毒を持った毒草です。呼吸器を麻痺させ、高濃度では心臓麻痺を引き起こす猛毒です。これを少量混ぜた、ある種の香は、その昔『魔女が使うハーブ』として使われたこともあります。麻痺性を持つので体が硬直し、ほかに混ぜた香の作用と合わせて浮遊感を得られるといわれていたようです。ヘレボルスの中でも、リグリクス種の花は柑橘系の香りがしますので、おそらくサラマンダーは、リグリクス種の全草を使って毒を作っているのでしょう。ところで」 と、本を閉じ、イルザは聞いてきた。 「サラマンダーは、確かに水路を越えて矢を撃ってきたのですね?」 「ええ、そうだけど?」 イルザは少し考えて、そして言った。 「奴は、右脚が義足になっていて、そこに小さなボウガンを仕込んでいました」 「え? マジで? それじゃあ、持ち物検査をしてもボウガンが見つからないわけよねえ」 「はい。小さい頃に負った傷のせいで、右脚を失ったんだとか。……ですが、あのサイズでは、有効命中射程は、せいぜい二十エル(約八メートル)あるかどうか。とてもではありませんが、水路を越えて狙うことは無理ですし、そもそも七十五エル(約三十メートル)もある水路を越えることは不可能です。少なくとも、通常、狩猟に使う程度のクロスボウでないと」 その言葉が何を意味するか、じんわりと頭に滲みてきた時、ゴットフリートさんが言った。 「つまり、サラマンダーは水路通りでは、普通のクロスボウを使ったのだな? だが、調査に行った騎士たちの報告では、そのようなものはなかった、と」 それに頷いたのはミレッカーさんだ。 「私もその場に行って徹底的に調査しましたが、そのようなものは発見できませんでした」 ゴットフリートさんが言う。 「つまり、そのクロスボウを回収した協力者がいたか、あるいは」 少し間が空いた後、あたしたち四人は互いに顔を見合わせ合った。で、口を開いたのは、あたし。 「まさか、サラマンダーは二人いる、とか?」 三人が難しい顔をした。
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