あたしがクエスチョンマークを顔に貼り付けたからだろう、ハインリヒが柔らかい笑みを浮かべた。 「一回目は、確かに強くはあったが、人としての許容範囲だった。だが、二回目は明らかに、それを超え、三回目以降は、もはや人知を超えていた」 「……あたし、そんなに、引(ひ)っ叩(ぱた)いてたの、あなたのこと? ……ごめんなさい、二回しか覚えてないわ」 なんか、さっきから謝ってばかりな気がする。 「いや、構わない。ところで、私の家、フォルバッハ家には、ここシーレンベック家に伝わっているものだけではなく、他の魔術書もある。その書にある魔術を実行することで、私も記憶を引き継げるのだが、『イグドラシルの秘法』に関連して、ちょっと面白い記述があるんだ」 「面白い? なあに、それ?」 あたしが聞くと、ハインリヒはゴットフリートさんを見る。ゴットフリートさんが頷いて、ハインリヒの言葉のあとを続けた。 「我が家に伝わるのは、いわゆる写本なんだが、時を巻き戻って甦る魔術のことしか記載されていないのだ。だが、それに付随する、ある種の注釈がある。その注釈によると、世界樹イグドラシルが根を張る創世の巨人ユミルを復活させる魔術が、別の魔術書にあるのだが、『イグドラシルの秘法』を行った場合、ユミルの力を引き出すことも可能だというのだ」
はっはっはっはっはっ。どうしよう、さっぱりわかんないわ、今の話。
あたしの表情(困り切った笑顔になってるのが、わかるわ、自分で)を見て、ハインリヒが肩をすくめ、苦笑を浮かべて言った。 「そうだね、簡単に言うと、ユミルという巨人がいて、『イグドラシルの秘法』を行うと、その巨人が持っている、まさに超人的な力を使うことが出来るようになるんだ。おそらくは、何度も死んでしまうのを防ぐため」 「ああ、そうなんだ」 「そこで、ここが重要なのだが」と、ゴットフリートさんが、ちょっと深刻そうな表情を浮かべて言った。 「『イグドラシルの秘法』には、一種の“ペナルティー”がある」 「ペナルティー? うーん、まあ、そうよねえ、死んでも時を遡(さかのぼ)って生き返ることが出来るなんて、そんなチートな能力を使うからには何らかのペナルティーがあってしかるべきだわね」 ハインリヒが不思議そうな表情で首を傾げた。 「いかさま? 『イグドラシルの秘法』が“いかさま”だというのか? まあ、見方によったら、そうだろうな」 いかさま? チートって、「いかさま」って意味なの? ウルトラスーパーとか、超無敵とか、そういう意味だと思ってたけど? ゴットフリートさんが話を再開する。 「『イグドラシルの秘法』によって、時を巻き戻って生き返る時。その“時”は一年未満内の『いつか』だが、巻き戻った時間の倍の時間が、余命(よめい)から差し引かれてしまう。正直なところ、アストリットが何回、死んで生き返ったのか、よくわからない。だが、場合によったら」 あたしにも、その意味が脳内に浮かぶ。 「えーっと。例えば巻き戻ったのが半年だとすると、一年が残り寿命から、差し引かれる、ってことですね?」 「ああ、そうだ」 「ていうことは……」 ある恐ろしい仮定が、あたしの頭の中で生まれた。 「下手すると、もう、寿命、残ってない……?」 ゴットフリートさんが眉間にしわを寄せて頷き、マクダレーナさんが哀しそうな表情になる。そして、マクダレーナさんが言った。 「ミカさん、お願い。もう、無茶なこと、無謀なことはやめて? ただでさえ、アストリットの命の灯火(ともしび)は、あまり残されていないのかも知れないの」 以前、ていうか、アメリアとの決闘の時、マクダレーナさん、あたしのことを心配してたけど、要するにアストリットのことを心配してたんだ。まあ、普通に考えたら、そうよねえ。だけど、なんかちょっとショックかな? この世界で、あたしのことを本気で気にかけてくれたのは、ヴィンとマクダレーナさんの二人だけだもん。
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