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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第19回   〔長尺版〕林での襲撃・W
 サラマンダーの撃ってきた矢をかわし、木に隠れると、イルザは無言でギースベルトに指で「右手に回れ」と指示を出す。それに頷き、ギースベルトは右手に回る。一方、イルザは左手に回り込んで、サラマンダーを挟み撃ちにする。
 サラマンダーは一瞬、躊躇(ちゅうちょ)したようだが、イルザを標的にしたようだ。どうやら「アストリット」の身近にいる人間を殺して精神的ダメージを与える、という狙いらしい。だが。
 ギースベルトが、イルザの方に向いたサラマンダーに迫る。足音が聞こえてしまうのは織り込み済み。要はサラマンダーの集中を乱すことだが。

 ビィン! ヒュッ!

 躊躇(ためら)うことなく、サラマンダーはイルザを狙ってきた。
 正直驚いたが、イルザは身を屈(かが)めて矢をかわす。その隙にギースベルトがサラマンダーに迫り、剣を突き込もうとするのが見えたが。
 器用に右脚を前に伸ばし、左足は後方に伸ばして、ペタリと地に座り込んだ。ギースベルトもギョッとなったが、イルザも驚いた。なんという、体の柔らかさか。
 その中で、サラマンダーはニヤリとし、そのまま前屈してスネの弓に矢をつがえた。
「!?」
 地面すれすれに飛んできた矢を、横飛びに飛んで避(よ)けることが出来たのは、ほとんど運だったろう。
 気を取り直したギースベルトがサラマンダーに斬りかかるも、それを横倒しに倒れてかわしたサラマンダーは、そのまま首元を支点にして、まるで風車のように脚を回転させてその勢いで立ち上がる。
 その時、辺りが焦げ臭くなり、黒煙が漂っているのが見えた。
 一瞬、何かわからなかったが、先刻サラマンダーの手から落ちた練香(ねりこう)の火が、地に落ちている小枝などに燃え移り、大きくなった火勢のものだと思い至った。
「若、火事です!」
 ギースベルトの声と同時に、サラマンダーの逃走する足音が聞こえたが、かまっている場合ではない。イルザは羽織っていた上着を脱ぎ、それを持って火元に向かった。

 ウンディーネにジリジリと包囲網が迫る。その数、男四人、女二人。また近くの木を蹴り折ったが、やはり相手に倒れ込むことはなく、途中で別の木に、もたれかかってしまう。
 しばらく周囲を見ていて。
 ふと、ウンディーネは気がついた。そこで周囲の木をことごとく蹴り折って、自分の周囲に「盾」を作ると、跳躍(ジャンプ)して近くの木の高枝に足をかけ、木に手をあてて体重を支える。下にいて驚いている騎士たちを鼻で嗤い、ウンディーネは言った。
「じゃあね、おバカさんたち!」
 そして高枝を器用に飛び移って、林の外に出ると、そこに待機していて馬の番もしていた四人(男二人、女二人だった)の騎士のうち、女の一人を蹴り飛ばし、馬を奪ってノルデンに向かって逃走した。ちょっとして追走の蹄の音が聞こえたが、街の中はこちらに地の利がある。もともと相手のスタートが遅かったのもあって、振り切ることが出来た。

 どうにか本格的な火事になる前に火を消すと、もう辺りがすっかり暗くなっていることに気がついた。火元の近くに先端を尖(とが)らせた、いろんな長さの、細めの鉄棒が数本あったが、もしかするとサラマンダーが使う予定で、ここに落としてしまった武器かも知れない。
 すっかり焦げて、ところどころ焼けて穴が空き破れた上着を手に、ギースベルトとともに外に出ると、その場のリーダーであるミレッカー騎爵が報告した。
「猿のような奴です。高枝を渡って外に出て、馬を奪って逃走したようです。今、ペーツェルに追わせていますが……」
 ちょっとして、騎士ペーツェルが戻ってきた。
「すみません、街の中に入られて、撒(ま)かれてしまいました」
「そうか。ご苦労だった」
 ペーツェルの労をねぎらい、イルザは馬から蹴り飛ばされた女性騎士(デイム)・ヒルトマンに近づく。
「大丈夫だったかい?」
 エルケ・フォン・ヒルトマンは蹴られた左肩を押さえ、痛そうにしながらも、笑顔で「大丈夫です」と応える。
 頷き返すと、イルザは林とノルデンの方を見る。
 出来れば、今日この時この場で、ケリをつけておきたかったのだが。
 そう思いながら。


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