そう思っていたら、サラマンダーがズボンの右脚、そのスネをまくり上げた。 「あ」 イルザは小さく声を上げた。ヤツの右脚、その膝から先は、木製と思しき義足になっていたのだ。 「ヒャハハハハハ! 驚いてるな? もう十年以上前だけどよう、俺はこの国の東端(ひがしはじ)の町に住んでたんだ! そしたらそこで、なんかの小競り合いが起こりやがんの、嗤っちゃうねえ!」 と、サラマンダーはまたけたたましく嗤ってみせる。 「俺が住んでた町は、辺境伯ゲルト・フォン・シュペールの都市に属しててよ、奴は町を紛争の舞台にしやがった! そんときの紛争で俺は右脚を失った!」 「聞いたことがある。中東方面の宗教紛争で敗れた一派が流れてきて、略奪をほしいままにする集団になっていた。シュペール伯にその討伐が命じられたが、集団は周辺の漂泊民を取り込んで、思いのほか大規模になっていた。そのため、紛争が長期化して、一つの町が犠牲になった。その町は今、地図からも歴史からも消されている」 ニヤリとして、サラマンダーが器用に左足一本で立ち、右脚を上げて爪先をこちらに向ける。 「さすがは、貴族のお坊ちゃま。歴史の裏までご存じだ。……右脚も故郷も失って瀕死だった俺を拾ったのは、ある殺し屋の男だった。……さ、昔話は終わりだ。続きが聞きたきゃ、俺を捕まえてみな!」 サラマンダーの義足のスネが開いて展開し、横向きになっていた小型の弓が自動的に九十度回って、こちらを向いた! 驚いている間(ま)に、サラマンダーはスネの裏にあった矢を弓につがえ、素早く撃ってきた!
林の外に来たウンディーネだったが。 「……なるほど、私の周りを固めて、林の中に追い込もうって腹(ハラ)ね?」 呟き、脚に意識を向ける。 「だったら、その包囲網を抜ければいいだけのことよ!」 一気に跳躍し、馬七頭による半円形の包囲網を越えようとした。だが。 「撃て!」 リーダーと思しき騎士の号令で、いつの間にかその半円形の外側に待機していた別の騎兵三人が、こちら目がけて矢を放ってきた! 「なにッ!?」 慌ててその矢を手で弾いたが、体勢が崩れ、包囲網を越えることなく地に落下した。 起き上がる刹那を狙って、包囲網にいた騎兵が鎗で迫ってくる。それを転がってかわすと、別の騎兵が鎗で攻め立てる。 「クソッ!」 この繰り返しの結果、どうにか起き上がれたのは、林の木立の中だった。 馬から下りた数人の男の騎士たちが、剣を抜いて迫ってくる。 「貴様らァッ!」 蹴り飛ばしてやろうとしたが、その右脚は近くの木を蹴り折り、騎士には届かなかった。木を蹴り折る、ということ自体、人間には不可能事で、騎士たちは驚愕とともに後じさったが、折れた木がこちら側に倒れ込んできて、結果ウンディーネは、さらに林の奥に押し込められる形になってしまった。 騎士たちが回り込んで、林に入り、こちらに向かってくる。 ウンディーネは短剣を抜いて構えるが、数人相手には不利。しかも得意の足技は木に阻まれて、思うように使えない。とにかくステップでかわしつつ翻弄し、相手を一人ずつ屠るよりほかないだろう。だが、相手もそれを見越しているらしく、包囲するかの如く、木を盾にしながら遠巻きに迫ってくる。 どうしたものか、とウンディーネは思案した。
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