クレメンスが、本来いるはずのない場所に立っているのが見えた。そして彼の左手には、火が付いた“何か”がある。イルザは腰から短剣を抜き取り、その“何か”に投げつけた。 イルザの投げた短剣で、その“何か”を取り落としたクレメンスが、驚愕の表情でこちらを見る。 立ち上がり、イルザは言った。 「やはり、お前がサラマンダーだったな!」 「な、何を……!?」 明らかに狼狽している。ニヤリとしてやって、イルザは言った。 「最初にお前に近づいた時、かすかに香ったんだ、オレンジのような香りが。サラマンダーはオレンジのような香りのする、麻痺性の香(こう)を使うと聞いていたからな、なにか、怪しいと思ったんだ」 クレメンスが苦々しい表情を浮かべる。 「それであの時、眉をひそめたのか。俺の悪臭でそういう表情になったのかと思ったんだが」 「あいにく、僕には調香の技能がある。人一倍、香りには敏感なんだ。お前がゴミまみれのような悪臭をさせていたのは、それをごまかすためなんだろうけど、長年、その香を焚きしめていると、染みついてなかなか抜けないものなんだよ、特に髪とか、ね」 クレメンスは何も答えない。 「それに、お前が怪しいと、教えてくれた者もいたんだ」 「なるほど。あの水路で、アストリットを狙った時に感じた視線、それに殺気は、気のせいじゃなかったってことか。だから、最終的にアストリットを助けるハメになっちまったが。だが、最初から俺が怪しいと、監視をつけていたとは思えないが?」 「偶然だったそうだよ? 道を間違え、たまたま姉上たちの対岸に回ってしまっていたら、お前を見つけ、挙動不審だったんで監視していたそうだ」 そこまで言った時、別の気配がした。そこにいたのは、一人の女。林の外側にいた。 「若、ウンディーネです」 ギースベルトが小声で言う。 「ああ。だが、外へ出るのはマズい。なるべくヤツを林の中へ引き入れよう」 「ですが、ハイドリヒを人質にされては……」 「心配ないよ?」 と、イルザは微笑んでみせる。 すると、馬の蹄が地を蹴る音が近づいてきた。それも一頭や二頭ではない。そちらを見たギースベルトが言った。 「あれは、お屋敷の騎士たち!?」 「こっそりと僕たちの後を追いかけて、この林の近くに待機しておくように、言っておいたんだ」 直後だった。 「ヒャアッハハハハハハハハハ!」 弾かれたように、クレメンス……サラマンダーが笑い声を立てた。 そしてこちらを見る。 「すごい、すごいよ! 温室育ちの甘ちゃん坊やかと思ってたら、温室育ちなりに、頭が回るじゃねえか!」 そちらを見て、イルザは剣を構える。バカにされたと感じてカチンときたこともあるが、気配が明らかに変わったのを感じたからでもあった。 サラマンダーが凄惨な笑みを浮かべて言った。 「確かに香を封じられたのは痛いけれどよ、それだけじゃないんだぜ、俺の得物は?」 そういえば、サラマンダーはクロスボウを使うという。だが、それらしいものを、ヤツは持っていない。
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