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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第17回   〔長尺版〕林での襲撃・U
 クレメンスが、本来いるはずのない場所に立っているのが見えた。そして彼の左手には、火が付いた“何か”がある。イルザは腰から短剣を抜き取り、その“何か”に投げつけた。
 イルザの投げた短剣で、その“何か”を取り落としたクレメンスが、驚愕の表情でこちらを見る。
 立ち上がり、イルザは言った。
「やはり、お前がサラマンダーだったな!」
「な、何を……!?」
 明らかに狼狽している。ニヤリとしてやって、イルザは言った。
「最初にお前に近づいた時、かすかに香ったんだ、オレンジのような香りが。サラマンダーはオレンジのような香りのする、麻痺性の香(こう)を使うと聞いていたからな、なにか、怪しいと思ったんだ」
 クレメンスが苦々しい表情を浮かべる。
「それであの時、眉をひそめたのか。俺の悪臭でそういう表情になったのかと思ったんだが」
「あいにく、僕には調香の技能がある。人一倍、香りには敏感なんだ。お前がゴミまみれのような悪臭をさせていたのは、それをごまかすためなんだろうけど、長年、その香を焚きしめていると、染みついてなかなか抜けないものなんだよ、特に髪とか、ね」
 クレメンスは何も答えない。
「それに、お前が怪しいと、教えてくれた者もいたんだ」
「なるほど。あの水路で、アストリットを狙った時に感じた視線、それに殺気は、気のせいじゃなかったってことか。だから、最終的にアストリットを助けるハメになっちまったが。だが、最初から俺が怪しいと、監視をつけていたとは思えないが?」
「偶然だったそうだよ? 道を間違え、たまたま姉上たちの対岸に回ってしまっていたら、お前を見つけ、挙動不審だったんで監視していたそうだ」
 そこまで言った時、別の気配がした。そこにいたのは、一人の女。林の外側にいた。
「若、ウンディーネです」
 ギースベルトが小声で言う。
「ああ。だが、外へ出るのはマズい。なるべくヤツを林の中へ引き入れよう」
「ですが、ハイドリヒを人質にされては……」
「心配ないよ?」
 と、イルザは微笑んでみせる。
 すると、馬の蹄が地を蹴る音が近づいてきた。それも一頭や二頭ではない。そちらを見たギースベルトが言った。
「あれは、お屋敷の騎士たち!?」
「こっそりと僕たちの後を追いかけて、この林の近くに待機しておくように、言っておいたんだ」
 直後だった。
「ヒャアッハハハハハハハハハ!」
 弾かれたように、クレメンス……サラマンダーが笑い声を立てた。
 そしてこちらを見る。
「すごい、すごいよ! 温室育ちの甘ちゃん坊やかと思ってたら、温室育ちなりに、頭が回るじゃねえか!」
 そちらを見て、イルザは剣を構える。バカにされたと感じてカチンときたこともあるが、気配が明らかに変わったのを感じたからでもあった。
 サラマンダーが凄惨な笑みを浮かべて言った。
「確かに香を封じられたのは痛いけれどよ、それだけじゃないんだぜ、俺の得物は?」
 そういえば、サラマンダーはクロスボウを使うという。だが、それらしいものを、ヤツは持っていない。


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