ノルデンでの情報収集は、あまり期待していなかった。それでも、「荒鷲亭」で聞いた人相風体、そしてアパートメントの近所で聞いた人相風体がウンディーネに似ていることを知った時は、もしや、と思ったし、ひょっとしたら立ち回り先の一つで遭遇して倒せるのでは、ということも思ってみた。相手は手負いだと聞いたし、今なら絶好の機会だと思ったのだ。 イルザが暗くなった空を見上げていると、同行させた若き騎士のブルーノ・ギースベルトが言った。 「若、暗くなってきましたし、今日のところは」 イルザは「ヴィンフリート」になってうなずいた。 「そうだな。もしウンディーネを発見できても、地の利は向こうにある。下手(へた)を打つわけにはいかない」 クレメンスも頷いた。
二頭立ての馬車に戻り、ノルデンを出る。そして、林の中の道に入って少し経った時だった。 馬車が揺れ、馬が、いなないたのだ! ギースベルトが「何事か!?」と御者のハイドリヒに問うと。 「何者かが飛び出してきて、馬を蹴り倒しました!」 と返事があった。 ウンディーネは恐るべき脚力の持ち主という。もしや。 クレメンスが言った。 「坊ちゃん、ヤツが来ましたぜ!」 「……そうだな。出るぞ、ギースベルト!」 「御意!」 剣を手に、イルザたちは外へ飛び出した。
だが、肝心のウンディーネの姿がない。馬たちは、ダメージから立ち直っており、ハイドリヒが馬をなだめていた。すると。 「坊ちゃん、騎士さん、今、林の中で動いたヤツがいましたぜ」 クレメンスが緊張した表情で、そして小声で言った。 「そうか。……ギースベルト」 イルザの言葉にギースベルトが頷き、クレメンスに聞いた。 「どこだ?」 無言で、クレメンスがある方向を指さす。 それを確認し、イルザは言った。 「わかった。僕は左手から回る。クレメンスは右手を、ギースベルトは」 「正面ですね?」 「ああ。頼んだぞ」 そして、三人は三方に分かれて進み……。
歩を止めて姿勢を低くし、イルザはそっと元いた場所へ戻る。すると、ギースベルトもそこに戻ってきた。 お互い頷き合うと、イルザは右手の人差し指をなめ、頭よりも高い位置に持ってくる。精神を集中させ、今度はギースベルトに、無言である方向……風上を指さした。 頷き合い、二人して中腰のまま、そっとその方へ行く。 しばらくした時だった。
|
|