さて、と。 前の周回じゃあ「護衛は間に合ってます」、って断ったのよね。ここは断った方がいいのか、それとも……。 あたしが悩んでたんで、間が空いた。すると。 「俺、武芸の腕には自信があります! ここに来る前、お嬢さまや、騎士さん、あと、メイドさんには話しましたし、手持ちの武器も、見せました。お坊ちゃん、どうかここで俺を雇ってくだせえ!」 と、クレメンスが背筋をピンと伸ばして、勢いよく一礼する おおぅ、イルザに訴えにいったかい!? クレメンスの言葉に、イルザは申し訳なさそうに応えた。 「すみません、ここには優秀な騎士が揃っています。そういったことは、街の商家などに売り込みに行かれるのがよろしいか、と」 「……そこら中で、断られたンす……」 クレメンスが落ち込む。さっき見た限り、クレメンスはそれなりに腕は立つと思う。
……やっぱりアレか、薄汚れた形(なり)と、臭(にお)いで避(さ)けられたか……。
少し考えてから、イルザが言った。 「じゃあ、そういう仕事を斡旋(あっせん)するところへ、僕が案内しますよ。周辺の町や村の中には、自警組織のないところもありますので」 クレメンスの顔が、パァッと明るくなる。 「助かります〜!」 そして、イルザは出かける支度で部屋に戻った。 「お嬢さま」 「? なに、クレメンス?」 来た来た来た来た、情報提供! 「今日、お嬢さまを殺そうとしてた女なんですけど」 「うん」 「どぉ〜も見覚えがあるんですわ〜。人違いかも知れないけど」 「…………ええ〜ッ!? マジで!?」 ってあたし、驚いてみせたけど、わざとらしくなかったかな、今の? あたしが大声になったんで、ドアを開けてガブリエラが飛び込んできた。 「どうかなさいましたか、お嬢さま!?」 すでに剣を抜いてた。 ああ、そうだったわ、ガブリエラが外で待機してるんだった! 「あ、ごめん、驚かせちゃって。え、えとね、クレメンスが、ウンディーネのこと、見覚えがあるんだって!」 「なに!? それは本当か!?」 剣を抜いた状態でガブリエラが迫ったんで、裏返った声を上げてクレメンスがのけぞった。 「ああ、すまん……」 ガブリエラが、バツが悪そうに剣を下げる。 「で? どこで見たの?」 あたしが聞くと、クレメンスが記憶を手繰るように天井を見て言った。 「ここの東に、ノルデンっていう街がありますよね」 ガブリエラが頷いた。 「ああ、当領地の庇護下にある街だ。林を抜けたところにあるな」 「そこの『荒鷲(あらわし)亭(てい)』っていう酒場の踊り子に、似てる気がするんですよねえ」 「間違いないか?」 いつの間にか、ガブリエラの口調は、詰問(きつもん)するようなものになっていた。いやあ、犯罪者の取り調べじゃないんだからさ、もうちょっとソフトにいこうよ、って前も思ったわ。 「クレメンス、間違いないのね?」 一応、念押しで聞いてみる。「いや、違ったかも?」とかってあるかも知れないし。 「多分。俺、あの街には四日ほどいて、毎晩、あの酒場でメシ食ってたから。綺麗だったから、よく覚えてるんだ。で、そこから南に下って、あちこちの街やら行ってるうちに、路銀が心(こころ)許(もと)なくなって。闘技場で稼ごうにも、腹が減って勝負にならなくて……。で、ふらふらと旅を続けて、街道から外れたところで、野生の動物を狩ったりして……。でも、いつもうまくいくわけじゃなくて……」 「うん、話、それてきてるね」 あたしがそう言ったとき、応接室に外出着のイルザが入ってきた。 あれ? イルザ、なんか、難しい顔してるよ? 前も、こうだったかな? まあ、いいか。あたしは今の話を展開する。イルザも、クレメンスに確認した。まるで詰問するように。 クレメンスが頷くと、応接室にあるアンティークっぽい柱時計を見て、イルザは言った。 「今から馬車で行けば、夕餉(ゆうげ)までに帰ってこられますね。……うん、手の空いた騎士を連れて、その酒場へ行ってみましょう。うまくすれば、ウンディーネの“ねぐら”がわかるかも。すみません、クレメンス、職業斡旋所は、明日でもいいですか? あなたには、道案内で同行していただきたいので。もちろん、今夜はお屋敷に逗留してください。父上には、僕から話します」 「いいですよ。ていうか、助かります〜」 クレメンスは笑顔で頷いた。 イルザは一人の騎士を連れ、クレメンスを同行させて出発することになった。 「ねえ、ヴィン、さっきも言ったけど、サラマンダーもいるかも知れない。……気をつけてね?」 心から、そう思う。あたしの言葉に。 「ええ、姉上。大丈夫ですよ」 ヴィン(イルザ)があたしにウィンクした。
……やばい、その趣味ないけど、今、ドキッてなっちゃったわ。
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