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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第14回   助っ人登場! だわ
 これはもうダメだ、そう思った時。
 不意にウンディーネが、あたしの後方斜め上辺りを見たかと思うと、小さく悲鳴を上げて左手のナイフを取り落とした。あたしの眼には、短剣(さっき、リタに飛んでいった短剣に似ていた)が飛んできて、ウンディーネの短剣を打ち落としたように見えた。なんだろうと、あたしも後方を見ようと思ったけど、まあ、無理よね、水の中にいるし、ウンディーネがあたしの服、掴んでるし。
 そしたら今度は風の唸る音がして、その音に反応したようにウンディーネがあたしから手を離し、水の中に潜った。直後、ロープに繋がった両刃のナイフのようなものが、あたしの頭の上を飛び越して、水の中に突っ込んでいった。かと思ったら、そのロープが引き上げられた。
「あんた、こっち側に来いっ!」
 後ろから声がしたんで、あたしはそのままの体勢からバタ足で後ろへ向かう。ウンディーネが浮かび上がると、また刃物付きロープが飛んでいく。すると、ウンディーネが水中に潜る。
 もうわかった。あの武器、前の周回で見たクレメンスが使ってた縄……なんとかっていう武器だわ。
 ウンディーネが浮かぶと、刃物付きの縄が飛んで来るんで、避けるために潜り、の繰り返し。六度目ぐらいから、ウンディーネはかなり離れたところに行った。そしてあたしを睨み、そのまま、もがきながら離れ、壁まで行って蹴ると、去って行く輸送船の船尾に、どうにか短剣で取り付いて、去って行った。
 対岸を見ると、リタも撤収したらしい。でも。
 ハンナもガブリエラも負傷していたのが見えた。ハンナは左の肩を、ガブリエラは額から血を流してた。

 クレメンスが縄鏢(ションピアオ)を垂らして、あたしを引き上げてくれて、そこからちょっと離れたところにある橋(普通の橋と違って、あたしの世界にある歩道橋みたいな感じのヤツ)を渡って、二人と合流した。ガブリエラの傷も、見た目ほどはひどくないんで安心したわ。
 ちなみに砲丸を投げ込んだのは、やっぱりリタ。腰当ての裏に仕込んでたんだそうだ。全身、武器の塊か、あいつは?

 で。
「……は、腹減った……」
 と、前の周回通り、クレメンスが、ぶっ倒れた。

 あとは、ほぼ前と同じことの繰り返し。
 ただ、ハンナとガブリエラが負傷してるんで、近くの商家で手当てをして、っていうのが加わったぐらいかな?
 お屋敷に帰ると。
 メイドさんたちが一斉に鼻を押さえ、ザザザーッと潮が引くように、あたしたち、ていうかクレメンスから距離を置いた。
 うん、ここは同(おんな)じだわ、……納得!
 で、あたしが事情を話したら、すぐにお風呂を用意してくれて、クレメンスをそこに、たたき込んだ。
 用事で出かけてたヴィンは帰ってきてて、あたしが応接室へ連れて行って事情を話すと、ちょっと難しい顔をして言った。
「ミカさん、十分用心してください。サラマンダーについてはその素性はわかってないんです。彼がサラマンダーではないという保障はないんですよ?」
 二人きりだから、ヴィン……じゃない、イルザはあたしのことを「ミカさん」って呼んでる。
「わかってるって。でも一応、命の恩人だから、無下には出来ないし。お風呂から出たら、お礼のお金と食料を渡して、出て行ってもらうつもり」
 一応、前と同じことを言っておいたけど、前の周回のことを考えたら、いた方がいいのかな? 彼のお陰でウンディーネの潜伏先がわかったわけだし、でも、そのせいでイルザは死んじゃったわけだし。
 あたしが悩んでると、ドアがノックされて、ガブリエラだったんで、入室を許可した。一礼して、ガブリエラが言う。
「クレメンスの入浴中、その着衣、及び荷物を検査しましたが、弓矢、クロスボウに類するものは所持しておりませんでした。念のため、騎士数名をクレメンスがいた辺りに行かせて、同様の武器を隠していないか調査させると、トラウトマン警護長からの上申です」
 イルザが「ヴィン」として頷く。
 ガブリエラが応接室を出て行ったあと、イルザがちょっと考えてから、あたしに言った。
「ミカさんたちが持ち帰った、例の矢ですが」
 あのあと、あたしたちは、こっちに飛んできた矢を拾って帰った。あたしのいた世界だったら、科捜研とかで徹底的に調べたら持ち主とかわかるんだろうけど、ここじゃあ、さすがにね。でも、かなり変わった矢だから、ひょっとしたらどこかの工房のマイスター辺りに聞けば、何かわかるんじゃないかって、ガブリエラが言ってた。
「うん。何かわかりそう?」
「自作したのであればお手上げですが、もしどこかの工房で作製したものであれば、発注した者がわかりますから、サラマンダーのことがわかるかも知れません。今、フランクに領内の工房を当たらせています」
 この返しも、前と同じ。
「ただ」と、イルザが難しい顔をする。
 えーっと、確か「モグリがどうのこうの」だったわよね。

 やっぱり、イルザが言ったのは、前と同じことだった。
 その時、ドアがノックされた。入室を許可すると、ハンナに連れられて、クレメンスが入ってきた。
 イルザは「ヴィンフリート」として、笑顔でクレメンスを迎える。
「あなたがクレメンスさんですか。この度(たび)は、姉上を助けていただき、有り難うございました」
「いやあ、お嬢さまにも言ったンだけどもさ、困った人を見たら助けろってのが、死んだじいちゃんの遺言でさ」
 クレメンスも笑顔で応える。
 ヴィンが握手を求めてクレメンスに近づいた時だった。
 一瞬だけど、イルザの眉がピクリと動いた。でも、すぐ何事もなかったように、クレメンスと握手を交わした。
 ……イルザって、調香をしてるってことだから、匂いには敏感なのよね、きっと。
 ていうか、あたしにもわかるわ。かすかだけど、まだ臭いもん。
 仕方ないか、こっちの世界には強力な消臭剤なんてないもんね。


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