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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第11回   絶体絶命!!
 ガブリエラは剣を構えて、リタを睨む。リタが右の口の端を上げて、歪んだ笑みを浮かべる。「パトリツィア」がこんな笑みを浮かべるのを、ガブリエラは見たことがなかった。
「ガブリエラ・メルダース、あなたはシーレンベック侯のお屋敷勤めを任されるぐらいだから、この領内では指折りの腕前なんだと思う。でもね? 私は、騎爵でさえないけれど、『称号(フォン)』をもらい、近衛騎士隊に加えられた近衛騎士(ナイト・オブ・インペリアル)なのよ? あなたとは実力に雲泥の差があるの。今それを、教えて、ア・ゲ・ル」
 見下(みくだ)すように白目がちの眼になって、こちらを見て、歪んだ笑みを浮かべる。
 胸くそが悪くなったが、少しここから離れた方がいい。アストリットのバトルフィールドと、かぶるのはマズい。
「いいから、かかってきなさい」
 ガブリエラは摺り足になって軸線をずらし、そこから離れるように駆け出す。
 リタも追ってきた。アストリットたちから十分に距離を取ったところで、ガブリエラはリタに斬りかかる。だが、リタはそれを軽く受け流す。まったく無駄のない動きだった。
 口で言うほどのことはあるらしい。ガブリエラは改めて体勢を整え、相手の出方をうかがう。だが、向こうから動く様子はない。なので、再び気合いをかけて斬りかかる。今度はスピードと体重を乗せている、大上段からの剣だ。軽くいなすことなど出来はしない。
 そう思ったが、今度もリタは簡単に受け流した。まるで氷に斬り付けて滑り、体勢が狂わされたかのように、ガブリエラは数歩、空足(からあし)を踏んだ。どうにかよろけながらも、体勢を整えて剣を構える。
 リタが鼻で笑って言った。
「先月、御前試合で闘った、サー・ハインリヒの方が、よっぽど難敵だったわ!」
 そして一気に踏み出し、剣で横腹を薙ぐように斬りかかってくる。それを剣で受けるが。
“……重い。こんなに軽(かろ)やかに斬り込んできたのに、なんて重い剣なの!?”
 思いもよらない攻撃に、少しばかり混乱しかけたが、ステップと右足を支点にした回転移動で、剣をかわす。そのまま間合いをとり、ガブリエラは剣を突き込む。しかし、リタは、また鼻で嗤い、体(たい)捌(さば)きで突きをかわすとその動きを利用して体を回旋させ、再び剣でガブリエラの横腹を薙ごうとする。
 それを前転でかわし、起き上がって剣でリタの左肩を狙った。
 だが、気がつくと、リタはバックステップでそれを避けていた。相手が着ているのはレザーアーマー。防御力より、スピードを重視していたということだ。
 こちらもすぐに剣を振り回すような動きをとり、上段に持ってきた剣を、今度はわざとリタの右横に落とす。
「どこを狙ってるの?」
 リタが嗤う。しかし。
「てやっ!」
 落とした剣で、いったん石畳を叩き、そのままリタの右膝を撃ちに行く!
 今度は、やった! そう確信したが。
「……え?」
 リタはまるで軽業師のような身のひねり方で、宙を舞い、着地した。
「……クッフフフフ。あなたの考えてることなんて、お見通し。ていうかね、あなた程度の騎士なんて、これまでに掃いて捨てるほどいたし、そいつらはみんな、ゴミ箱に捨てられたわ。つまりあなたは、ゴミなのよ!」
 屈辱的な言葉を吐いてくる。確かに、アストリットの護衛としては、他に適任がいるだろう。同僚のイザベラ・ダールベルクがガブリエラよりも優れた腕を持っているのは、お屋敷での召し抱えの試験を受ける時に、実感した。

 だが!

 この場で、その言葉を捨て置く訳には、いかぬ!
「うおおおおおおおお!」
 剣を後ろに振り、ガブリエラは吠えながらリタに殴りかかる。剣の刃を、リタの剣に叩きつけたと思ったのもつかの間、ガブリエラは宙に浮いていた。それがリタの放った足払いだと理解するのに、一、二秒。だが、その短い時間で、完全にガブリエラは石畳に背中から落ちた。
 どうにか体を回転させてリタの落としてきた右足を避け、その勢いで起き上がることが出来たのは、もはや動物的カンだったろう。
 そして、大きく口から息を吐き、また吠えてダッシュ。体重を乗せて、リタに上段から、何度も剣で叩きつける。それをリタは受けていたが、突然ガブリエラは、左横腹に鈍い痛みを感じ、吹っ飛ばされた。なんとか転ばずにすんだが、その痛みが、リタが撃ってきた右脚の、薙ぐような蹴りだと理解するのに、やはり一、二秒。
 騎乗用のフィールド・アーマーの上から、肉体にダメージを与えるほどの蹴りを放つなど、人間(にんげん)業(わざ)とは思われない。
 ガブリエラは、また大きく息を吐き、腹部の痛みをこらえながら、剣を突き込む。
 それをいなしながら、やはり嗤いを浮かべてリタは言った。
「まだ、わからない、格の違いが? 一応、教えておいてあげるわ。さっきの蹴り、痛かったでしょ? あたしのフット・アーマーの足部分、鉛が埋め込んであるの」
 そうだったのか。軽装だと思っていたが。そうすると、各所には様々な仕掛けがしてあると考えた方がいい。
 なんとなく、頭に上っていた血が、下がっていくような感覚があった。
 冷静になれたかも知れない。
 ガブリエラは間合いをとり、剣を構える。
「じゃあ、こっちからいくわね」
 リタが猛然とダッシュしてくる。そして、重い剣を持っているとは思えないほどの剣捌きで撃ち込んでくる。もしや、あの剣は普通よりも軽く造ってあるのでは、とも思ったが、先刻からの攻撃から感じる限り、あれは普通の剣だ。
 改めて、ガブリエラは実力差を実感した。
 剣で押し飛ばされ、どうにか体勢を整えた時。

「危ない、ガブリエラ! 避けて!!」

 アストリットの、そんな声が聞こえて、なにかがぶつかってきた!
 そして、そのままガブリエラは跳ばされ、石畳に転がる。何事かと見ると、ぶつかってきたのはどうやら、ウンディーネだ。
 ウンディーネも、やや戸惑っているらしい。
 そこへ、剣を持ったリタが歩み寄ってきた。そして、ガブリエラとウンディーネ、二人を見下ろして、例の如く歪んだ嘲笑を浮かべて言った。
「私の役目は、お屋敷に潜んだ殺し屋の補佐。でも、この分なら私が手を下した方が早かったわね。ついでに、いいことを教えておいてあげる。私が先代のウンディーネなの。何代目か、わからないけどね」
 自分の隣にいるウンディーネが、息を呑む。
「ああ、安心して? お嬢さまの抹殺は、私が引き継いで、ア・ゲ・ル」
 リタが剣を振りかぶった!


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