ガブリエラは剣を構えて、リタを睨む。リタが右の口の端を上げて、歪んだ笑みを浮かべる。「パトリツィア」がこんな笑みを浮かべるのを、ガブリエラは見たことがなかった。 「ガブリエラ・メルダース、あなたはシーレンベック侯のお屋敷勤めを任されるぐらいだから、この領内では指折りの腕前なんだと思う。でもね? 私は、騎爵でさえないけれど、『称号(フォン)』をもらい、近衛騎士隊に加えられた近衛騎士(ナイト・オブ・インペリアル)なのよ? あなたとは実力に雲泥の差があるの。今それを、教えて、ア・ゲ・ル」 見下(みくだ)すように白目がちの眼になって、こちらを見て、歪んだ笑みを浮かべる。 胸くそが悪くなったが、少しここから離れた方がいい。アストリットのバトルフィールドと、かぶるのはマズい。 「いいから、かかってきなさい」 ガブリエラは摺り足になって軸線をずらし、そこから離れるように駆け出す。 リタも追ってきた。アストリットたちから十分に距離を取ったところで、ガブリエラはリタに斬りかかる。だが、リタはそれを軽く受け流す。まったく無駄のない動きだった。 口で言うほどのことはあるらしい。ガブリエラは改めて体勢を整え、相手の出方をうかがう。だが、向こうから動く様子はない。なので、再び気合いをかけて斬りかかる。今度はスピードと体重を乗せている、大上段からの剣だ。軽くいなすことなど出来はしない。 そう思ったが、今度もリタは簡単に受け流した。まるで氷に斬り付けて滑り、体勢が狂わされたかのように、ガブリエラは数歩、空足(からあし)を踏んだ。どうにかよろけながらも、体勢を整えて剣を構える。 リタが鼻で笑って言った。 「先月、御前試合で闘った、サー・ハインリヒの方が、よっぽど難敵だったわ!」 そして一気に踏み出し、剣で横腹を薙ぐように斬りかかってくる。それを剣で受けるが。 “……重い。こんなに軽(かろ)やかに斬り込んできたのに、なんて重い剣なの!?” 思いもよらない攻撃に、少しばかり混乱しかけたが、ステップと右足を支点にした回転移動で、剣をかわす。そのまま間合いをとり、ガブリエラは剣を突き込む。しかし、リタは、また鼻で嗤い、体(たい)捌(さば)きで突きをかわすとその動きを利用して体を回旋させ、再び剣でガブリエラの横腹を薙ごうとする。 それを前転でかわし、起き上がって剣でリタの左肩を狙った。 だが、気がつくと、リタはバックステップでそれを避けていた。相手が着ているのはレザーアーマー。防御力より、スピードを重視していたということだ。 こちらもすぐに剣を振り回すような動きをとり、上段に持ってきた剣を、今度はわざとリタの右横に落とす。 「どこを狙ってるの?」 リタが嗤う。しかし。 「てやっ!」 落とした剣で、いったん石畳を叩き、そのままリタの右膝を撃ちに行く! 今度は、やった! そう確信したが。 「……え?」 リタはまるで軽業師のような身のひねり方で、宙を舞い、着地した。 「……クッフフフフ。あなたの考えてることなんて、お見通し。ていうかね、あなた程度の騎士なんて、これまでに掃いて捨てるほどいたし、そいつらはみんな、ゴミ箱に捨てられたわ。つまりあなたは、ゴミなのよ!」 屈辱的な言葉を吐いてくる。確かに、アストリットの護衛としては、他に適任がいるだろう。同僚のイザベラ・ダールベルクがガブリエラよりも優れた腕を持っているのは、お屋敷での召し抱えの試験を受ける時に、実感した。
だが!
この場で、その言葉を捨て置く訳には、いかぬ! 「うおおおおおおおお!」 剣を後ろに振り、ガブリエラは吠えながらリタに殴りかかる。剣の刃を、リタの剣に叩きつけたと思ったのもつかの間、ガブリエラは宙に浮いていた。それがリタの放った足払いだと理解するのに、一、二秒。だが、その短い時間で、完全にガブリエラは石畳に背中から落ちた。 どうにか体を回転させてリタの落としてきた右足を避け、その勢いで起き上がることが出来たのは、もはや動物的カンだったろう。 そして、大きく口から息を吐き、また吠えてダッシュ。体重を乗せて、リタに上段から、何度も剣で叩きつける。それをリタは受けていたが、突然ガブリエラは、左横腹に鈍い痛みを感じ、吹っ飛ばされた。なんとか転ばずにすんだが、その痛みが、リタが撃ってきた右脚の、薙ぐような蹴りだと理解するのに、やはり一、二秒。 騎乗用のフィールド・アーマーの上から、肉体にダメージを与えるほどの蹴りを放つなど、人間(にんげん)業(わざ)とは思われない。 ガブリエラは、また大きく息を吐き、腹部の痛みをこらえながら、剣を突き込む。 それをいなしながら、やはり嗤いを浮かべてリタは言った。 「まだ、わからない、格の違いが? 一応、教えておいてあげるわ。さっきの蹴り、痛かったでしょ? あたしのフット・アーマーの足部分、鉛が埋め込んであるの」 そうだったのか。軽装だと思っていたが。そうすると、各所には様々な仕掛けがしてあると考えた方がいい。 なんとなく、頭に上っていた血が、下がっていくような感覚があった。 冷静になれたかも知れない。 ガブリエラは間合いをとり、剣を構える。 「じゃあ、こっちからいくわね」 リタが猛然とダッシュしてくる。そして、重い剣を持っているとは思えないほどの剣捌きで撃ち込んでくる。もしや、あの剣は普通よりも軽く造ってあるのでは、とも思ったが、先刻からの攻撃から感じる限り、あれは普通の剣だ。 改めて、ガブリエラは実力差を実感した。 剣で押し飛ばされ、どうにか体勢を整えた時。
「危ない、ガブリエラ! 避けて!!」
アストリットの、そんな声が聞こえて、なにかがぶつかってきた! そして、そのままガブリエラは跳ばされ、石畳に転がる。何事かと見ると、ぶつかってきたのはどうやら、ウンディーネだ。 ウンディーネも、やや戸惑っているらしい。 そこへ、剣を持ったリタが歩み寄ってきた。そして、ガブリエラとウンディーネ、二人を見下ろして、例の如く歪んだ嘲笑を浮かべて言った。 「私の役目は、お屋敷に潜んだ殺し屋の補佐。でも、この分なら私が手を下した方が早かったわね。ついでに、いいことを教えておいてあげる。私が先代のウンディーネなの。何代目か、わからないけどね」 自分の隣にいるウンディーネが、息を呑む。 「ああ、安心して? お嬢さまの抹殺は、私が引き継いで、ア・ゲ・ル」 リタが剣を振りかぶった!
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