前、見た時もそうだけど、ウンディーネの脚力は本当にすごい。人間って、火事場のバカ力ってヤツがあって、普段の五、六倍の力が出せる……言い換えたら、そのぐらいの力を普段は抑えてるっていうけど。 「うわっ!」 あたしは石畳(いしだたみ)に転がって、飛びついてきたウンディーネを避(よ)ける。 絶対に人間が出せるスピードを超えてるわ、あれ! でも。 あたしには、それを的確に捉えることが出来るのよね。方向転換してきたウンディーネがまたこちらに飛びついてきたけど、あたしはそれを身を翻して避けた。 「その身のこなし、すごいです、お嬢さま!」 あたしの隣に来て、背中合わせになったハンナが言った。こうやって背中合わせになったら、とりあえずだけど背後から襲われる心配はないわ。 あたしは驚いてるハンナに聞いた。 「前もここでの闘いで、驚いてたけど、あたしの動き、どう見えてるの!?」 「え? 前も!? どういう意味ですか!?」 ハンナがウンディーネの短剣を弾いた金属音がして、直後、ハンナがあたしから離れた。ウンディーネの勢いを殺しきれずに、吹っ飛ばされたって感じだ。あのスピードで躍りかかられたら、吹っ飛ばされるわね。 それはともかく。 「ああ、ゴメン、今のは言い間違い!」 前の周回で、だったんだけど、そんなこと説明しているヒマ、ないし。 またウンディーネが飛びついてきたけど、その動き、あたしにはハッキリと見えてるから、あたしは短剣で勢いを殺せる体勢で短剣を弾く。ウンディーネが悔しそうに顔を歪めるのが見えた。 ハンナがまた、あたしの背中に自分の背中をピッタリくっつけて、言った。 「まるで、相手の動きを読んでいるかのような、予知しているかのような、そんな動きをしていらっしゃいます!」 予知? その時、昨夜(ゆうべ)ゴットフリートさんが言ってたのを思い出した。
「サー・ハインリヒが言った『ユミルの力を引き出せる』という話だが、先日、卿(きょう)からもらった手紙にそんなことが書いてあった。それについて、シルフとの決闘のときのことを聞き、私は直感的に思ったのだ。ミカ……アストリットは『ユミルの眼』が使える、とな」
「巨人ユミル、ユミルは巨人……。そうか、高いところから見ると人が何処(どこ)へ、どんな風に向かうか、見えるみたいに、相手の動きが読めるんだ……!」 なんか、それも違うんじゃないかって思ったけど、あたしの頭じゃこういう理解しか出来ない。 でも! 「このアドバンテージは、活(い)かさないと!」 あたしはウンディーネを見る。今度は、直感的に理解するっていうよりは、なんとなくだけど、相手の動きが頭の中に浮かんだ気がした。 「そこねッ!?」 あたしはウンディーネが来そうな方向を予測して身をひねり、それをかわす位置に来て、すぐさま蹴りを放った。 「……ッンなッ!?」 驚愕の表情を浮かべ、ウンディーネがあたしに蹴り飛ばされる。 二度三度、石畳に転がって、その勢いを利用して起き上がったウンディーネが、ものすごい憎悪を浮かべた表情であたしを睨んだ。 これは、相手のプライドを思い切り傷つけた、って感じだわ。 ウンディーネがまたあたしにダッシュしてきた。でも、あたしにはその動きが目で追えてるし、どこに向かって来るか、大体わかる。だから、またあたしはそれをかわして、今度は短剣で斬りかかった。 でも、相手はプロ、かろうじてその刃をかわす。その時に体勢が乱れた。その隙を突いて、ハンナが斬りつける。さすがにそれは避けられず、ウンディーネの右の肩口をハンナの刃がかすめた! 「グッ!?」 ウンディーネはとっさに身を屈め、低姿勢でそこからダッシュし、離脱する。 土煙を立てて低姿勢で停止したウンディーネは、右脚を支点にして百八十度方向を変えてこちらを見る。 ウンディーネの右肩から、血が流れ出し、持った短剣の切っ先から紅い雫(しずく)が石畳に垂れ落ちていた。かすめただけに見えたけど、思った以上にハンナの短剣は、深く食い込んでいたのかも知れない。 血で滑ると思ったのか、ウンディーネは短剣を左手に持ち替える。そして。 「!? えっ!? なに!?」 ウンディーネが妙な角度をつけてジャンプした。どこへ行くのか、と思ったら、ウンディーネは近くの建物の壁めがけてジャンプしたのだ! そして十数メートルの高さに足をつけると、そこから壁にボコボコと足跡型の穴をうがちながら、壁を走り下りてきた! もう、火事場のバカ力とか、そんなんじゃない! あんな芸当、人間に出来ることじゃない! びっくりしてるあたしやハンナを睨みながら、ハンナがこちらに躍りかかってきた! ハンナの頭上を飛び越え、ウンディーネが迫る! あたしはほとんど感覚的な動きで右腕を伸ばす。その瞬間、右腕に「何か」が流れた感覚があったけど、それを無視し、あたしは伸ばした右腕でウンディーネの左腕を絡める。 そして。 「こぉぉぉなくそぉぉぉ!」 ウンディーネを振り回すように、ブン投げた。 やった、って思ったんだけど。 「!? 危ない、ガブリエラ! 避けて!!」 ウンディーネを投げた先には、リタと交戦中のガブリエラがいた!!
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