………………。 次の言葉が予想出来るなあ。 牛が言った。 「おう、小僧。ワシのこと、覚えとるかいのう?」 「え、えええ、っと」と、記憶の底をさらって、僕は答えた。 「三月三十一日……き、昨日、友だちと焼き肉パーティーで行った、焼き肉屋のお肉、ですよね?」 この世のサヨナラパーティーのつもりで、大学で親しい友だち数人で、焼き肉屋に行ったんだ、昨日。 「ほう?」 なんか、牛がニヤリとした気がした。表情は変わってないけれども。 「よう覚えとるやないけ、ジブン。当たりや」 ホッとした次の瞬間、周囲の風景が変わっていた。 そこは、まるで高級クラブ。僕の正面には、人間のような感じのニワトリ、ブタ、そして正面に牛が座っている。ニワトリはイブニングドレスっぽい服、ブタは紺色のスーツ、そして牛は黒いタキシードみたいなものを着てる。 牛は手に持った葉巻を吹かして言った。 「小僧、ワシらはの、喰われるために人間に飼われ、そして殺されるんじゃ、ワシたちの意思に関係なくのう」 「は、はあ、そう、ですか……」 ニワトリが「ギン!」と睨んだような気がしたんで、僕は「はい! そうですね!」と答えた。 「それについては、それぞれの業者を呪い殺してやろうと、今、同志を募(つの)っとる。じゃがのう? 今、小僧をここに呼んだんは、別の話じゃ」 「別の話?」 牛が灰皿に葉巻の灰を落とす。そしてまた葉巻を吹かして言った。 「ワシらは人間に喰われるために殺された。そして小僧、今、お前は命を捨てようとしとる。寿命やないのに、死のうとしとるんや。つまりのう?」 牛が僕を睨む。 「今ここでお前が自分で死んでしもたら、喰われてお前の血肉になったワシらは、お前に殺されることになる。ワシらは、二度、殺されるんや!」 ものすごい気迫で牛・ブタ・ニワトリが迫ってきた! ブタが言う。 「わかっとるんか、小童ーッ!? キサマの命は、ワイらの命でもあンねンどーーッ!?」 「ただ殺され、喰われるためだけに生まれ生きてきたわたくしたちに比べて、あなたたちがどれだけ恵まれているのか、分かっているんですのーー!?」 「すんません!すんません!!すんません!!!、ほんとーっにすみません!!!!」 僕は縮こまって謝った。 牛が「どかっ!」とソファに身を預けて脚を組み、また葉巻を吹かす。そして僕を見て言った。 「ワシらは、お前を生かすために喰われたんや。死なせるために、お前の血肉になったわけやない。わかっとるんか?」 「は、はい……」 そう答えると、ブタが突進してきた。 「生(なま)返事(へんじ)すんなやーーーーーッ!!」 「ごぱああァァーーーーーーーーッッ!!!! そんなん、してないィーーーーッ!!」 吹っ飛ばされた僕は、ビルの屋上を飛び越え、どんどん落ちていって……。
「生きろやぁぁーーーーーーー!!」
一瞬だけど、牛とブタとニワトリ、三者の声が聞こえたような気がした………………。
「……こ、ここは……?」 気がつくと、灰色の天井。 「あ、気がつかれましたか?」 柔らかい声に、そちらを見ると、若い女性。一目で看護師さんだって分かった。 笑顔の看護師さんに僕は尋ねた。 「僕は、いったい……?」 「あなた、運が良かったんですよ? 目撃した人がいて、その人の話だと、飛び降りたあなたに、風に煽られて飛んできた幟(のぼり)旗(ばた)が巻き付いて、その布が風を受けて、あなたを近くの建物の屋根に落としたんだそうです。そこから転がり落ちて、別の屋根にバウンドして地面に落下したんで、かなり衝撃が緩和されていたそうです。右腕と右脚を骨折してますけど、命には別状ないそうですよ」 「そうですか。……その、幟旗って?」 「救急隊員の話では、通りの向かいにある肉屋さんの幟(のぼり)だそうですよ?」 「…………」 肉屋さんの幟。 妙な夢を見たように思うけど、あれって、夢だったのかな? もしかしたら、僕は「臨死体験」とかいうのをしたのかも知れない。 「…………まさかね」 「? どうかしましたか?」 「いいえ、なんでも」
そして起き上がれるようになって、通常の食事になった僕に出された料理は、焼き魚だったけど。
「いただきます」
その日、僕は数年ぶりに「いただきます」と言って食事を食べた。
いや。
心から「いただきます」を言ったのは、ひょっとしたら生まれて初めてだったかも知れない。 そして、その日の料理は、それまで食べたこともないほど、美味しかった。
(4月1日、その青年は自殺を実行した……・了)
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