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作品名:皆の前で婚約破棄された私が、名誉を回復するまで 作者:ジン 竜珠

最終回  
「ふ……ふ、ふふ。さすが、一筋縄ではいかないわね、バウムゲルトナーの娘よ」
「え? ハ、ハイデマリー?」
 不敵な笑みを浮かべて、ハイデマリーが立ち上がる。ヨーゼフィーネがハイデマリーを見た。
「……ふん、端女などに用はないわ」
「ハイデマリーの名前ではわからないでしょうけど。ハーゲンドルフなら、覚えがあるかしら?」
「ハーゲンドルフ……?」
 ヨーゼフィーネが首を傾げ、しばらくして、ハイデマリーを睨む。
「十年前、国王陛下に爵位を召し上げられた家があったわね。その家の名前がハーゲンドルフだった」
「違うわ! あれは、罠! あなたのクソ親父が、お父様を罠にかけ、我が家門を潰したのよ! そして、我が所領にあった金鉱を奪った!」
 ハイデマリーが激高した。だが、ヨーゼフィーネは表情を変えず応える。
「……へえ?」
「この十年間、私は、バウムゲルトナー伯爵家に対して復讐することだけ考えていた。幸い、父はある商家で丁稚奉公を続けてその努力が認められ、お店を持つことが出来たわ。今、西のドレッセル侯爵領で、スイーツショップを、母と姉と三人で切り盛りしてる。あ、これ、サービスチケット。お店にある商品が全品十パーオフになるわ。よかったら、来てね?」
 ハイデマリーが急に笑顔になり、僕とヨーゼフィーネになんかの紙を手渡す。そしてまた険のある表情に戻る。
「でもね、ヨーゼフィーネ。私はバウムゲルトナーへの恨みは忘れていなかった。あなたの家の動向を探り、あなたと、このマティアスのボンクラのボンボンがお付き合いしていることをつかんで、ギーゼブレヒト伯爵家に、下女として潜入したのよ!」
「ボ、ボンクラのボンボン…………」
 ショックでクラクラしている僕に構わず、事態は進んでいく。
「私も、あなたに復讐するために、行ってたのよ、あの山に……」
 ハイデマリーが自分の着ていた服を剥ぎ取る。その下には、パジャマのような、でも光沢のある青い、見たこともない服……いや、確か東方の「Ming(ミン)」とかいう国の服だったかな……を着込んでいた。
 いつも着てたのか、あの服?
 ヨーゼフィーネが訝しげな表情になる。
「まさか、あなた……」
 ハイデマリーが勝ち気な表情になる。
「ええ。あなたの体を見ると、察するに、あなたが伝授されたのは、獣王(ジュウオウ)の拳。そして私は」
 ハイデマリーが空高く跳躍し、叫んだ。
「鳳王(ホウオウ)断裂(ダンレツ)脚(キャク)!」
 降ってきたハイデマリーの右脚は、まるで青く光る大剣のようになっていた。
「ウヌッ!?」
 ヨーゼフィーネが両腕をクロスさせ、それを受けた。
 くるり、と身を返してハイデマリーが着地する。
「さすが、ね、ヨーゼフィーネ、アレを受け止めるなんて。でも」
 ハイデマリーが不敵な笑いを顔に貼り付けた、その次の瞬間、「バシュウゥゥゥッ!」と音を立てて、ヨーゼフィーネの交叉した両腕から、赤い血が噴き出した。
「うわあああ、血だああああぁぁ!」
 うろたえた僕だけど、ヨーゼフィーネは黙ってハイデマリーを見ている。ゆらり、と体勢を変えたヨーゼフィーネは言った。
「さすがは、鳳王の拳を伝授されし者、といったところかしら? 次は、こちらの番ね」
 ヨーゼフィーネが地に足を踏みつける。あれだけの巨体なのに、すごい速さでハイデマリーに迫ると。
「獣王(ジュウオウ)両掌(リョウショウ)剛打(ゴウダ)ァ!」
 ン? おかしいな、ヨーゼフィーネの両手が肩から生えて、人間ぐらいあるように大きく見えるぞ? 錯覚だな、きっと。
 ヨーゼフィーネは、巨大化した(ように見える)両手の平で、逃げる隙を与えずハイデマリーを左右から挟み込む。銃を撃ったのとは、また違う大きな破裂音がした。
 ハイデマリーから離れた時、ヨーゼフィーネの手は元に戻っていた。錯覚が消えたらしい。
「どう、ハーゲンドルフのお嬢さん? 腕を超高速で動かすことによって、巨大な手の平を生みだし、その振動波を叩きつける、この技は?」
 錯覚じゃなかったのかよ、アレ!?
 ハイデマリーが不敵な笑みを返す。
「フン、羽虫(はむし)が止まったほども……グファッ!?」
 吐血するハイデマリーを見て、嘲笑とともにヨーゼフィーネが言う。
「アラアラ、折れた骨が肺に刺さったんじゃないかしら? このへんで、やめとく?」
「フッ、何言ってるの、やっとウォーミングアップが終わったばかりじゃない」
「いい返事だわ」
 お互いが体勢を整え、闘気を高める。そして。
「鳳王(ホウオウ)烈空(レックウ)翼(ヨク)!!」
「獣王(ジュウオウ)岩壊(ガンカイ)突(トツ)!!」
 二人の体から発された気圧(・・)が、僕を沖合に吹っ飛ばした。
「どわあっひゃあああああ! そんなバカなぁぁぁぁぁ!」

 気がつくと、僕はどこかの波打ち際に倒れていた。
 起き上がり両膝立ちになると、ふと、ヨーゼフィーネ、ハイデマリーのことを思い出す。
「うう、ちくしょう、ちくしょう! どいつもこいつも僕のことをないがしろにしやがって! ちくしょおおおおおおおお!」
 砂浜を何度も殴りつけて、あふれる涙を拭いもせず泣いていると。
「あー、これこれ」
 と、声がした。
 顔を上げると、そこには杖をついた、一人の白髪の男がいた。
「あなたは?」
「儂は、旅の者じゃ。ところで、お前さん、悔しい思いをしておるようじゃの? 復讐したい相手でもおるのか?」
 僕は黙って頷く。老人が「うんうん」と笑顔で言って僕を見る。
「どうじゃ、お前さん、海王(カイオウ)の拳を学んでみる気はないか?」
 そう言った老人の顔は笑顔だったけど、瞳にはなんとも言えない強く真剣な光が宿っているように、僕には見えた。


 一方、港で闘っていたヨーゼフィーネとハイデマリー。夕日が二人を照らす頃、二人の間には、熱い友情が芽生えていた。
 笑顔を浮かべ、アームレスリングの如くガッチリとシェイクハンズする二人。

 なんでだ?


(皆の前で婚約破棄された私が、名誉を回復するまで・了)


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