ヨーゼフィーネに婚約の破棄を言い渡してから、二ヶ月が過ぎた。 冒険の旅に出かけたまま行方知れずになっていた長男、ヘルベルト兄さんが無事に帰ってきて、家督(かとく)を継いでくれることが決まったんで、僕には自由恋愛が認められた。だが、その相手に使用人のハイデマリーを選んだ時は、さすがに父も母も激怒した。僕は彼女がどれほど素晴らしい女性か、何度も話して説得し、またあのような暴挙ともいえる行動を取って既成事実めいたものを作ったりもした。 でも、おかげで僕はハイデマリーとの結婚を認めてもらえたんだ。 その日の昼下がり、僕はハイデマリーと一緒に、交易港近くの公園に来ていた。彼女の作ったお弁当を食べたあと、公園を散策。幸せなひとときだ。 芝生の上に座り込むと、ハイデマリーが言った。 「でも、本当によろしいのですか、私のような学のない下賤の娘で?」 「ハイデマリー、言っておくよ? 君は自分で思っているより、ずっと美しく聡明な娘だ。そう、何かを企んでいるかのように、その瞳の奥には、知性の光が灯っている」 「マティアス様……」 ハイデマリーが瞳を潤ませる。 「ハイデマリー……」 僕も彼女を見つめる。そして、二人の唇が重なろうとした、まさにその時。 「マティアス、お久しぶりだわね」 そんな声がした。 振り返ると。 「……誰だ、お前?」 そこにいたのは、身(み)の丈(たけ)八フィートあまり(約二・四メートル)、ガッチガチの筋肉質で、顔も彫りが深く、目の太さより眉の方が五倍太い怪人。でも着ている服は貴婦人のドレスだし、髪型もコワフュール・ア・ラ・フォンタンジュという、貴婦人のものだ。 「……ほんとに、誰だ、お前……?」 「私よ、私。あなたにダンスパーティーという華やかな舞台で婚約破棄された惨めな女、ヨーゼフィーネ・バウムゲルトナーよ」
「………………え……ええええええーーーーーっ!? ちょ、ちょっと待て待て待て、待って!? ヨーゼフィーネ!? 君が!?」 謎の巨人が、僕を見下ろして頷く。 「ええ。あなたに振られたから、悔しくて私、女を磨いたの。どうかしら、生まれ変わった私は?」 「いや、確かに生まれ変わっているけど……、ていうか、むしろ転生しているみたいだけど!? ……うん、うん、確かに、声はヨーゼフィーネ、だね……?」 巨人が空を見て、回想する。 「私、究極の美を求めて世界をさすらったの。ある時は荒れ狂う海でクラーケンに襲われ、ある時は砂漠でロック鳥(ちょう)に襲われ。洞窟の中でファイヤードラゴンに追い詰められた時には、さすがにもうダメだと思ったわ」 「ヨーゼフィーネ、君は、どこに何を探しに行ったんだい?」 僕の問いには答えず、彼女は回想を続ける。 「そして、東方にある伝説の高い山に登り、そこで運命の出会いをしたの。そう! 美の伝道師(マスター)に巡り会うことが出来たのよ! 私は額が割れるほど頭をついて弟子入りしたわ。そして遂に手に入れたのよ、この究極の美を!」 ヨーゼフィーネが右腕の力こぶを作る。 「………………いやいや、方向性違うから」 僕がそう呟いた時。
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