「ヨーゼフィーネ、お前との婚約を破棄する!」 私の婚約者、マティアス・ギーゼブレヒトがそんなことを言いに来たのは、我が家門、バウムゲルトナー伯爵家がひとかたならぬお世話を被っている、公王・アッヘンヴァル公爵家で開かれているダンスパーティーで、私が彼のエスコートを待っていた、まさにその時だった。 「……え? マティアス、今、なんて? このバウムゲルトナーの一輪の美しき花、ヨーゼフィーネに、なんて言ったの?」 「二度も言わせるな、私はお前との婚約を破棄すると言ったのだ。もともと、親の決めた許嫁(いいなずけ)、気に入らなかったのだ、お前のその、鼻持ちならないところが!」 私の目の前が真っ暗になったわ。でも、足に力を入れて、どうにか私は息をついて言ったの。 「そ、そんな……。それは、鼻持ちならない、ではなく、気高い、の間違いではなくて?」 ざわついている周囲のお陰か、私の心の中に「とんでもないことになってしまった」との焦りや「どうにかしなければ」という使命感にも似たものが生まれ、視力も戻っていく。そんな私の視界に飛び込んできたのは、一人の、みすぼらしい格好をした少女の手を取るマティアスの姿だった。 「マティアス、誰、誰なの、その小汚い端女(はしため)は?」 マティアスが、きっ、とした表情で言った。 「我が屋敷で働いてもらっているハイデマリーだ。私は、彼女と改めて婚約することを、ここに宣言する!」 直後、私は意識を失ったらしい。気がつくと、ふかふかのベッドの上に寝かされ、大勢の友に囲まれていた。 私の右手を握っているのは、お父様だ。 「お父様……」 「おお、愛(いと)しいヨーゼフィーネ。あのような婚約破棄など無効……いや、あんな失礼な者など、こちらから縁を切ってやろうぞ!」 「でも、お父様、それではギーゼブレヒト伯爵家が所有している交易港の権利を、我が家が接収するということができなくなりますわ……」 うそ。本当は、私、家のことなんかより、マティアスのことを……。 「よいよい。それなら、他にやりようはある、少々、荒っぽくはなるがな。母さんも今、別室で休んでいる。体調が回復したら、公爵に謝罪してパーティーを辞することにしよう」 そして、お父様は客室を出て行った。後に残った友たちが、口々に言った。 「気にしないで、ヨーゼフィーネ!」「あんな男、こちらから振ってやればいいのよ!」「これからもっと女を磨いて、マティアスを、うんと悔しがらせてやりましょうよ!」 「女を磨く、か……」 私は天井を見た。でも、それはすぐに歪んでしまった。 瞳に浮かんだ涙のせいで。
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