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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第8回   殺し屋チーム
「姉上!」
 その時、ヴィンの声がした。彼があたしの近くに駆け寄り、顔を覗き込んできた時、心底、ホッとした自分に気づいた。
「大丈夫ですか、姉上!?」
「え、ええ」
 あたしは上半身を起こす。仰向けに倒れたアメリアは、ピクリとも動かない。
 あー……。やっちゃった。異世界に転生したんだろうが、転移したんだろうが、あたし、人殺し、やっちゃった……。体の震えが……。
 もう止まってる。あれ? 普通、もっと錯乱するとか、動揺するとか、ありそうなものだけど?
 あたし、人を殺しても、なんとも思わない冷血女だったのかしら?
 そんなことを考えていると、アメリアの亡骸(なきがら)を見ていたヴィンがあたしを見た。
「姉上が無事で何よりでした。実はこのアメリアという女は、姉上を殺しに来た殺し屋だったんです」
「え!? ヴィン、知ってたの!?」
 頷いてヴィンは言った。
「一ヶ月前のことです。怪しい動きをしていた、出入りの商人が、散歩中の姉上を、クロスボウで狙っているところに、偶然、出くわしたのです。そこで締め上げたり、自白剤を使って調べたところ、その商人は姉上を殺しに来た殺し屋だとわかりました。コードネームは、ノーム。四人組の殺し屋、その一人です」
「四人組……」
 うなずき、ヴィンは続ける。
「四人はそれぞれ四大元素の精霊にちなんだ名前を持っています。残りの三人は、シルフ、ウンディーネ、サラマンダー。すでに姉上の身近に潜伏しているとのことですが、誰がどのように潜り込んでいるかは、チームのメンバーも知らないとか。それ以前に、彼らはお互い会ったこともない、と。そこでまず、屋敷のメイドを、調べることにしたんです」
「調べるって、どうやって? 締め上げたり、拷問したりするの?」
 それは人権問題……って言いかけたけど、この時代には意味のない概念だわね。
「いえ。根性の座った殺し屋の場合、締め上げても耐えるでしょうし、薬に対する耐性をつけていたりすることもあります。そもそも自白剤も完璧ではありませんし。なので」
 と、ヴィンは一息入れて話を続けた。
「疑わしい者に遠方へ行く用事を言いつけ、留守の間に部屋の中や持ち物なども徹底的に調べました。その結果、このアメリアの旅行鞄の内の皮の裏から、あるものが見つかりました。それがわかったのが、アメリアが帰ってきた後、深夜のことでした。持ち出していた鞄を部屋に戻す余裕もなかったのですが、とりあえず今朝、それを突きつけて、事情を聞こうとしていた矢先、こういうことに」
 そして、ヴィンは上着のポケットから布きれを出した。
「鞄の内側の皮を剥がしたら、こんなものがあったんです」
 その布きれには、何かの魔法円のようなものがあって、その上下左右にノーム、シルフ、ウンディーネ、サラマンダーと書いてあった、……あたしに読める文字で。日本語に思えたけど、ここ異世界なんじゃないの? それとも日本語だと思ってるだけなのかな? 
 それはともかく、シルフのところに、赤黒い拇印のようなものがあった。この赤黒いのって、なんか、血っぽい……。
「おそらく、これは連中のシンボル、あるいは誓いの印でしょう。この拇印から察するに、アメリアはシルフだと思われます」
 なるほど、アメリアは部屋に鞄がないのに気づいて、だから朝早く鍛錬をしようって言ってきたのね、邪魔が入る前にあたしを殺そうと。
「アメリアが、シルフ……。ねえ、ヴィン、ノームはどうなったの?」
「目を離した隙に、自ら命を絶ちました。ですから、依頼人など、背後関係まで聞けていません」
 気がつくと、裏庭に、人が集まってきていた。中年の女性が、泣きそうな顔で、駆け寄ってきた。
「アストリット! 大丈夫!? この騒ぎは何!?」
 この女性が、あたし……じゃない、アストリットの母親、マクダレーナ・フォン・シーレンベックだ。
「ええ、なんでもないわ、お母様」
 そう言うと、「母親」があたしを抱きしめる。
 ふと。

 お母さん、心配してるかな? そもそも、時間の経過とか、どうなってるのかな?

 そんなことを考えた。


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