「姉上!」 その時、ヴィンの声がした。彼があたしの近くに駆け寄り、顔を覗き込んできた時、心底、ホッとした自分に気づいた。 「大丈夫ですか、姉上!?」 「え、ええ」 あたしは上半身を起こす。仰向けに倒れたアメリアは、ピクリとも動かない。 あー……。やっちゃった。異世界に転生したんだろうが、転移したんだろうが、あたし、人殺し、やっちゃった……。体の震えが……。 もう止まってる。あれ? 普通、もっと錯乱するとか、動揺するとか、ありそうなものだけど? あたし、人を殺しても、なんとも思わない冷血女だったのかしら? そんなことを考えていると、アメリアの亡骸(なきがら)を見ていたヴィンがあたしを見た。 「姉上が無事で何よりでした。実はこのアメリアという女は、姉上を殺しに来た殺し屋だったんです」 「え!? ヴィン、知ってたの!?」 頷いてヴィンは言った。 「一ヶ月前のことです。怪しい動きをしていた、出入りの商人が、散歩中の姉上を、クロスボウで狙っているところに、偶然、出くわしたのです。そこで締め上げたり、自白剤を使って調べたところ、その商人は姉上を殺しに来た殺し屋だとわかりました。コードネームは、ノーム。四人組の殺し屋、その一人です」 「四人組……」 うなずき、ヴィンは続ける。 「四人はそれぞれ四大元素の精霊にちなんだ名前を持っています。残りの三人は、シルフ、ウンディーネ、サラマンダー。すでに姉上の身近に潜伏しているとのことですが、誰がどのように潜り込んでいるかは、チームのメンバーも知らないとか。それ以前に、彼らはお互い会ったこともない、と。そこでまず、屋敷のメイドを、調べることにしたんです」 「調べるって、どうやって? 締め上げたり、拷問したりするの?」 それは人権問題……って言いかけたけど、この時代には意味のない概念だわね。 「いえ。根性の座った殺し屋の場合、締め上げても耐えるでしょうし、薬に対する耐性をつけていたりすることもあります。そもそも自白剤も完璧ではありませんし。なので」 と、ヴィンは一息入れて話を続けた。 「疑わしい者に遠方へ行く用事を言いつけ、留守の間に部屋の中や持ち物なども徹底的に調べました。その結果、このアメリアの旅行鞄の内の皮の裏から、あるものが見つかりました。それがわかったのが、アメリアが帰ってきた後、深夜のことでした。持ち出していた鞄を部屋に戻す余裕もなかったのですが、とりあえず今朝、それを突きつけて、事情を聞こうとしていた矢先、こういうことに」 そして、ヴィンは上着のポケットから布きれを出した。 「鞄の内側の皮を剥がしたら、こんなものがあったんです」 その布きれには、何かの魔法円のようなものがあって、その上下左右にノーム、シルフ、ウンディーネ、サラマンダーと書いてあった、……あたしに読める文字で。日本語に思えたけど、ここ異世界なんじゃないの? それとも日本語だと思ってるだけなのかな? それはともかく、シルフのところに、赤黒い拇印のようなものがあった。この赤黒いのって、なんか、血っぽい……。 「おそらく、これは連中のシンボル、あるいは誓いの印でしょう。この拇印から察するに、アメリアはシルフだと思われます」 なるほど、アメリアは部屋に鞄がないのに気づいて、だから朝早く鍛錬をしようって言ってきたのね、邪魔が入る前にあたしを殺そうと。 「アメリアが、シルフ……。ねえ、ヴィン、ノームはどうなったの?」 「目を離した隙に、自ら命を絶ちました。ですから、依頼人など、背後関係まで聞けていません」 気がつくと、裏庭に、人が集まってきていた。中年の女性が、泣きそうな顔で、駆け寄ってきた。 「アストリット! 大丈夫!? この騒ぎは何!?」 この女性が、あたし……じゃない、アストリットの母親、マクダレーナ・フォン・シーレンベックだ。 「ええ、なんでもないわ、お母様」 そう言うと、「母親」があたしを抱きしめる。 ふと。
お母さん、心配してるかな? そもそも、時間の経過とか、どうなってるのかな?
そんなことを考えた。
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