あたしの胸を、軽い衝撃が打った。 「え? ……それって……」 お父様が頷いた。 なんだか、いきなり頭の中に渦が回り始めた。それをどうにか整理してあたしは言った。 「じゃあ、あたしが死んでも生き返っていたのは、その魔術のせい?」 「ああ、そうだ。私がお前にその魔術をかけた。いや、お前だけではない、私の父にも母にも施され、私やマクダレーナ、ヴィンフリートにも施している。ただ、本当に成功したのは、お前だけのようだ」 ああ、そうだったんだ……。 「話を続けるぞ、アストリット。そうやって、術を施された者は、死んで生き返ると、前の記憶を持ち越すことが出来る。同時に術を施した者、この場合は術を実行した私も記憶を持ち越せるはずなのだが……」 お父様はここで息を吐き、あたしを見た。その表情はどこか神妙だ。 「ここで、いくつか言っておかねばならないことがあるのだが……。まず、最初にこの術が発動したのは、シルフに殺された時だ」 「アメリアに、身を護るための鍛錬を受けた、あの時ね?」 「ああ。そして、あの鍛錬の五ヶ月前に遡り、アストリットが私に、その時のことを話した。私にも、時を巻き戻ったという感覚があった。そこで、まずアメリアを雇わない方向で動いたが、その結果、五ヶ月後に唐突に時が巻き戻った。アストリットによると、突然、オレンジのような柑橘の香りがしたかと思うと、針のようなモノを撃ち込まれて、死んだとのことだった」 柑橘……。サラマンダーか。 「それはきっと、サラマンダーです。ヤツは、シトラス……柑橘の香りのする麻痺作用のある香のようなものを焚いて、それからクロスボウで矢を撃ち込んでくるんです」 あたしが言うとお父様や、ヴィン、ハインリヒがちょっと驚いたような表情で顔を見合わせる。弾んだような声を発したのはヴィンだ。 「そうでしたか。サラマンダーの手口がわかったのは大きいですよ、父上、サー・ハインリヒ!」 頷いて、それから、と、お父様が話したのは、アメリアを雇わなくても、結局、サラマンダーに殺されるか、ウンディーネに殺される、とのことだった。 「そのうち、私は心が痛くなったのだ。いくら生き返るとはいえ、死ぬ時にアストリットは苦痛を味わう。アストリットも泣いて私に言った。『こんな苦痛は、もうイヤだ』と」 気がつくと、あたしは深く、そして何度も頷いていた。本当に、苦痛だもの。 ここでお父様が、何故か申し訳なさそうに言った。 「そこで私は、ある魔術をアストリットに施した」 「ある魔術?」と、あたしが聞くと、気まずそうな表情でお父様は頷いて言った。 「うむ。……祖母が持参した、別の魔術書にあった『魂寄せの秘法』、というのだが」 「たまよせのひほう? なんなの、それ?」 「あ、ああ」 なんだろう、お父様、ものすごく言いづらそう。 お父様はなんだか、目を泳がせるようにお母様を見て、そして言った。 「どこかの誰かの意識をアストリットに移し、死ぬその瞬間に出てきて、痛みをアストリットから逸らすという……」 ………………。 じわじわとその意味が頭にしみてきた。 「……それって、うまく言い方を変えてますけど、要するに死ぬ痛みを誰かに、この場合、あたしに肩代わりさせるってコトよね、お父様?」 「う、うむ……」 お父様の額から脂汗がにじんでる。 「だ、だが、な、アストリット。どうもその魔術は不完全だったようだ。本来は死の直前にその意識が出るはずだったのだが、常に出てきて、アストリットの意識は眠りについてしまった」 「……………………え? それって、あたしがアストリットじゃないってことに、気づいていた、と?」 お父様が頷く。いや、お父様だけじゃない、お母様も、ヴィンも、ハインリヒも頷いている。 「あ、あ〜。そりゃあ、そうよね〜。今までなんとも思わなかったけど、よくよく考えれば、……いや、ちょっと考えれば、口調とかクセとか、いろいろ違うもんね〜」 「舞踏会からの帰り、馬車の中で気づきました。その時は、サー・ハインリヒに婚約破棄を言い渡されたショックで、気持ちが乱れてのことだ、と思ったのですが」 ヴィンがそんなことを言う。 なんか、頭がクラクラしてきた。なんだか、トホホ、な気分だわ〜。 お父様、いや、ゴットフリートさんが咳払いをして言った。 「そ、そこで、だ。改めて、というのも変だが、君がどこの誰か、教えてもらえないだろうか?」 つまり、自己紹介ね。 ふう。 あたしは息を吐き、呼吸を整えた。咳払いを一つ。 「あたしの名前は、小松崎(こまつざき)未佳(みか)っていいます。V市の女子高に通う二年生、女子高生です」 一同が、きょとんとなった。
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