少し困った様子でありながらも、主人であるバルドゥルに促されては、話さない訳にはいかないのだろう、ミリヤムは立ち上がり、一礼してから言った。 「失礼いたします、ヒルデガルト様! 今のお話から判断する限り、あなた様は『ユミル』の他のパーツも手に入れることが、お出来になると考えます。すると、すべてのパーツを手に入れたあなた様が、世界征服の野心に目覚めないとは……!」 「おいおい、冗談は、やんぴだぜ、ミリヤム?」 そう言って、バルドゥルはヒルデガルトを見た。さっきもミリヤムは魔術的な話に興味を示していたし、案外、自分と話が合うかも知れない。今も、なかなか話の裏読みが出来るようだ。ただ、それはヒルデガルトの思ってもみなかったことだし、このメイドの妄想なのだが。 思わず、口元に笑みが漏れた。 二人が怪訝な顔をしたので。 「ああ、ごめんなさい。そうですね、そういう解釈もありますね。……大丈夫、あたしにはそんな野心はありません。信じてもらうしかありませんけれど」 一息置いて、ヒルデガルトは続ける。 「要は、姉から『ユミル』を奪い、封印してしまえばいいのです」 「できるのか、そんなこと?」 バルドゥルの問いに、ちょっとだけ困惑してしまったが、ヒルデガルトは言った。 「不可能ではありませんが、絶対に可能か、と言われると……」 しばらくの沈黙の後(のち)。 バルドゥルが笑った。 「そうか。まあ、しばらくここに身を潜めて、ゆっくり研究するといい」 ミリヤムが、また困ったような顔になって言った。 「バルドゥル様、ことは緊急を要するかも知れないんですよ? ゆっくり、というのは、さすがに。ヒルデガルト様、わたくしでお手伝いできることがございましたら、なんでもお申し付けになってくださいませ!」 ミリヤムを見上げ、のんびりとした口調で「せっかちだなあ」とバルドゥルが言うと、ミリヤムも、のっぴきならない様子で言った。 「爆薬も効かないような怪物が、ここにきたら、どうなさるおつもりですか!?」 その対比に、思わず、笑みが漏れた。 「お? 笑ったな? スープ飲む余裕が出来たか?」 ニヤリとしてバルドゥルがスープを勧めてきた。 「あの。随分、スープを勧められるのですね?」 不思議に思い、ヒルデガルトは問う。 「これ、俺の自信作なんだ」 「え?」 ミリヤムが笑顔になった。 「バルドゥル様の趣味なんです、お料理作りは」 これまで、舞踏会で何人か貴族の男子に会ってきたが、みな(本当かどうかはともかく)趣味は「狩猟」「乗馬」「音楽」「観劇」であり、また、妙に気取っていて鼻持ちならないところがあった。 先刻から、どうにもこのバルドゥルという男、貴族らしくない。 「とにかく、イライラしてても、いい考えは浮かばないぜ」 ふう、とため息をつき、ミリヤムも言った。 「そうですね。今夜は、ゆっくりと過ごしていただきましょう」 この二人が一体、どういう関係であるのか、少し興味の湧くところであったが。 「先ほども申しましたが、なんとか、手がないわけではないんです」 二人がこちらを見る。 「ゼフィラは、もう一つあるんです」 「もう一つ?」 そう言って、バルドゥルが絵を見る。 「いくら数えても十個しかないけど?」 覗き込んでいたミリヤムも頷く。 「潜在的ゼフィラというのですが、姉はそれを見落としています」 ミリヤムがこちらを見て言った。 「見落とす? 巨人を復活させるほどの魔術に通暁したお姉様が、ですか?」 頷き、ヒルデガルトは言った。 「そのページだけを灯りに透(す)かしてください」 バルドゥルが言われたとおりにすると。 「あれ? なんか、文字が透けて見えるぞ?」 「その本だけは写本じゃないんです。姉は、そこには気がつかなかったようです」 「へえ。随分、古そうだけど」と、バルドゥルが本のあちこちを眺める。 「なんらかの魔力が働いて、長く保(も)っているようなんですよ?」 ヒルデガルトの言葉に、二人がなにやら納得したようなしていないような息を漏らす。 ヒルデガルトは説明するかのように言う。 「『ユミルの骸』、そしてそこから『イグドラシル』へ伸びる魔術文字。いうなれば、『ユミルの骸』そのものが潜在的ゼフィラです。そして、そのゼフィラをもとに、通常の儀式に隠された暗号を解読して行う魔術、それが『イグドラシルの秘法』です」 バルドゥルが復唱するように言った。 「イグドラシルの秘法……」 「はい。それを使うことで、各ゼフィラを制御出来るはずなんです。事実、眼と右腕はあたしのものに出来ましたし」 ミリヤムが首を傾げる。 「出来るはず? どういう意味ですか?」 「実は、まだ完全には解読できていなくて、他のパーツを手に出来ていないんです。それに、一部に妙な記述があるんです」 二人が顔を見合わせたあと、バルドゥルが聞いた。 「妙な記述?」 頷いて、ヒルデガルトは答える。 「木の実を花に、花をつぼみに、つぼみを花芽(かが)に、花芽を枝に。枝を幹に、幹をユミルのその骸へ。かくして汝は時を巻き戻り、再び芽を出し、木の実をつけん。あたしの解読に間違いがあるのかも知れないのですが」 バルドゥルもミリヤムも、難しい顔をするだけだった。
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