「最初は罪人を生け贄にしていましたが、そのうち、罪もない……」 「ああーっと、ストップ! それ以上は、気分が悪くなるから、そこは飛ばしてくれ」 制止するように、こちらに開いた右手を伸ばしたバルドゥルの言葉に、ミリヤムも、うんうんと頷いていた。 どうやら、二人はまともな神経の持ち主だったようだ。自分はいい人に拾われた、と安堵しながら、ヒルデガルトは言った。 「甦った『ユミル』を動かすためには、各地に散った体のパーツを集める必要があります。背嚢の中に『Sefer Yezirah』という本があります。出してくれますか?」 バルドゥルが背嚢の中で手をごそごそと動かし、一冊の、かなり古ぼけた本を出し、表紙を向ける。 「これだな?」 「はい。その中ほどを開いてください。『ユミルの骸』から大木が伸び、枝を大きく張った絵があります」 「んーと、ああ、これか。……なんだ、これ? 横になった人、これがユミルか? で、そこから生えた縦長の木の、大きく張った枝に、訳のわからない字が書かれた、いろんな色の……丸い木の実か? 木の実は、全部で十個あるな」 「その大樹は世界樹『イグドラシル』、木の実はゼフィラといいます。そして、それは『ギンヌンガガプの秘法』の絵です。その次のページから、その秘法が載っているんですが。その十個の木の実が、『ユミル』の、十のパーツです」 「十のパーツ?」と、バルドゥルが聞く。 「ええ。脳髄、眼、耳、口、右腕、左腕、右脚、左脚、生殖器、そして心臓です。それぞれに魔術的な意味がありますが……」 バルドゥルが本を持っていない左手の人差し指で、左の頬を掻きながら言った。 「悪い、その辺も飛ばしてもらえるか?」 ふと視線を動かすと、ミリヤムは聞きたがっているようだ。彼女には、請(こ)われればあとで話すとして、この場は話を進めよう。 「姉は秘法を実行して、各パーツを集めました。ですが、姉や父の目論見が、巨人を利用しての世界支配であることを知ったあたしは、別の秘法を使って、姉から『ユミルの眼』と『ユミルの右腕』を奪ったのです。本来ならば他のパーツも奪う予定でしたが、思ったより早く姉たちにこちらの動きが知れてしまい、あたしは」 ここで、唐突に思い出した。 ヒルデガルトを逃がすために、最後の罠……通路の上下左右に仕掛けた爆薬を炸裂させて、通路自体を崩す……を手動(・・)で発動させた青年執事、自分の良き理解者であり、気がつけばいつも傍にいてくれたラファエルのことを。 「あ、……あ、ああ……」 涙があふれ出し、ヒルデガルトはシーツを強く握りしめた。
しばし嗚咽するヒルデガルトを、二人は黙って見守ってくれた。 落ち着いた頃、ヒルデガルトは言った。 「申し訳ありません。あの場から逃げ出す時に、あたしを逃がすためにその身を犠牲にしてくれた者がいたのです」 二人が沈痛な表情になった。バルドゥルは、 「そうか……」 と呟き、ミリヤムはハンカチで涙を拭(ぬぐ)ってくれた。 また少し呼吸を整える時間をおいて、ヒルデガルトは言った。 「あたしは、ここまで無我夢中で逃げてきて、こちらに保護されたのです。……あの爆発する罠は、普通の人間なら、ただではすまないと思いますが、巨人の力を手にした姉なら、もしかすると、かすり傷程度ですんだかも知れません。あたしには、生け贄を捧げてでも巨人の力を手にする、そのようなものたちが世界支配に乗り出すのを防ぐ義務があります。どうか、あたしがここにいることは、秘密にしてください」 しばし、沈黙の時があった。 沈黙を破ったのは、バルドゥルだった。 「君を匿(かくま)うのは、やぶさかじゃない。でも、爆発をくらっても平気な相手を、どうやって、止めるんだ?」 ミリヤムも頷いている。そして言った。 「それに、失礼ながら、今のお話から判断する限り」 と、ここで言葉を止める。なんだろう、と思っていると、バルドゥルが「どうした、ミリヤム?」と、先を促した。
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