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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第68回   脱出
「ヒルデガルト、何故(なぜ)わからないの、お父様の高邁(こうまい)な理想が!?」
 少しだけ頭に血が登りかけたヒルデガルトは、やや鼻息も荒くなって言った。
「何が、高邁ですか!? ただ単に、巨人の力を使っての世界支配の野望に、取り憑かれただけでしょうが!!」
「あなたも知っているでしょう、お父様の志(こころざし)を! 現王よりもはるかに博識で、慈愛に満ちたお父様のような人こそが、この国を、世界を治めるべきなの!!」
「ふざけたことを言わないで! そもそも巨人を目覚めさせるために、どれだけの犠牲を……生け贄を捧げたの!? そんな人間が、どう世界を治めるというの!?」
「良き世の礎(いしずえ)には、犠牲はつきものよ!」
「その犠牲の中に!! お母様がいるわ!!」
「……領民から、犠牲を出すのだもの、こちらも傷みを背負うべきよ!」
 その言葉で、完全にヒルデガルトの頭に血が上った。言うべきではない、言ってはならないと思いながらも、ヒルデガルトは吠えた。
「お父様とあなたが、お母様を生け贄にしたのは、お母様が邪魔だったからでしょ!? お父様はあなたを、あなたはお父様を愛していたのだものね、一人の、いいえ、一匹の男(オス)と女(メス)として!!」
 アンゲリカが悪魔のような形相となって吠えた。
「言わせておけば!!」
 一気にこちらに左腕を押し込んできた。
「カハッ!?」
 吹っ飛ばされるようにして、ヒルデガルトは坂道を転がり落ちた。
「ヒルデガルトお嬢さま!」
 青年執事が、こちらに駆け下りてくる。だが、ヒルデガルトの意識は、頭を打ったことと、無理な「右腕」の行使で混濁(こんだく)寸前になっていた。
 執事がなにかを見て、ヒルデガルトに言った。
「お嬢さま、最後の罠を発動させます。どうか、無事に、お逃げください」
 そう言って、執事が岩肌に何かをする。重たいモノが動く音がして、ヒルデガルトはどこかに転げ落ちて、壁にぶつかって止まった。そして、こんな声が聞こえた。
「確実にこの罠を成功させるためには、手動でなければなりません。お嬢さま、わたくしの最後のご奉公でございます。あなた様に、大神(たいしん)オージンのご加護がございますように」
 そして何か重いモノを動かす音がして、直後、爆音が轟き、ヒルデガルトは真っ暗で細い坂道を転がり落ちた。


 お忍びで領地を出て、川へ夜釣りに出かけていた、貴族ペーター・フォン・フォルバッハの次子(じし)・バルドゥルは、崖下でうつ伏せに倒れている一人の人物をみとめた。駆け寄り、抱き起こす。
「おい、あんた、大丈夫か!?」
 起こしてみると、その人物は若い女性。見た目は自分より、二、三歳年下の十五、六歳か。その少女は、どこかから歩いてきたようで、乱れた足跡がある。それを目でたどると、林があった。
 あらためて少女を見る。着ている服はボロボロ、顔にも傷がある。
「とにかく、手当てを!」
 バルドゥルは少女を背に負って、屋敷に帰った。


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