「ヒルデガルト、何故(なぜ)わからないの、お父様の高邁(こうまい)な理想が!?」 少しだけ頭に血が登りかけたヒルデガルトは、やや鼻息も荒くなって言った。 「何が、高邁ですか!? ただ単に、巨人の力を使っての世界支配の野望に、取り憑かれただけでしょうが!!」 「あなたも知っているでしょう、お父様の志(こころざし)を! 現王よりもはるかに博識で、慈愛に満ちたお父様のような人こそが、この国を、世界を治めるべきなの!!」 「ふざけたことを言わないで! そもそも巨人を目覚めさせるために、どれだけの犠牲を……生け贄を捧げたの!? そんな人間が、どう世界を治めるというの!?」 「良き世の礎(いしずえ)には、犠牲はつきものよ!」 「その犠牲の中に!! お母様がいるわ!!」 「……領民から、犠牲を出すのだもの、こちらも傷みを背負うべきよ!」 その言葉で、完全にヒルデガルトの頭に血が上った。言うべきではない、言ってはならないと思いながらも、ヒルデガルトは吠えた。 「お父様とあなたが、お母様を生け贄にしたのは、お母様が邪魔だったからでしょ!? お父様はあなたを、あなたはお父様を愛していたのだものね、一人の、いいえ、一匹の男(オス)と女(メス)として!!」 アンゲリカが悪魔のような形相となって吠えた。 「言わせておけば!!」 一気にこちらに左腕を押し込んできた。 「カハッ!?」 吹っ飛ばされるようにして、ヒルデガルトは坂道を転がり落ちた。 「ヒルデガルトお嬢さま!」 青年執事が、こちらに駆け下りてくる。だが、ヒルデガルトの意識は、頭を打ったことと、無理な「右腕」の行使で混濁(こんだく)寸前になっていた。 執事がなにかを見て、ヒルデガルトに言った。 「お嬢さま、最後の罠を発動させます。どうか、無事に、お逃げください」 そう言って、執事が岩肌に何かをする。重たいモノが動く音がして、ヒルデガルトはどこかに転げ落ちて、壁にぶつかって止まった。そして、こんな声が聞こえた。 「確実にこの罠を成功させるためには、手動でなければなりません。お嬢さま、わたくしの最後のご奉公でございます。あなた様に、大神(たいしん)オージンのご加護がございますように」 そして何か重いモノを動かす音がして、直後、爆音が轟き、ヒルデガルトは真っ暗で細い坂道を転がり落ちた。
お忍びで領地を出て、川へ夜釣りに出かけていた、貴族ペーター・フォン・フォルバッハの次子(じし)・バルドゥルは、崖下でうつ伏せに倒れている一人の人物をみとめた。駆け寄り、抱き起こす。 「おい、あんた、大丈夫か!?」 起こしてみると、その人物は若い女性。見た目は自分より、二、三歳年下の十五、六歳か。その少女は、どこかから歩いてきたようで、乱れた足跡がある。それを目でたどると、林があった。 あらためて少女を見る。着ている服はボロボロ、顔にも傷がある。 「とにかく、手当てを!」 バルドゥルは少女を背に負って、屋敷に帰った。
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