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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第67回   対峙
 背後で、なにかが転がる音が響いた。最初の罠(トラップ)である、落石の音だ。しばらくして、今度は金属がぶつかるような音。第二の罠(トラップ)・大弓に仕掛けた矢羽根突きの複数の鎗が発動したのだろう。それを剣で弾く音だ。もしかしたら騎士や兵が装着した鎧に当たる音かも知れない。
 上り坂にさしかかった時、遠くでくぐもった何かの音。多分、第三の罠・底に先端をとがらせた木杭(きぐい)を仕掛けた落とし穴だ。くぐもった音は、その木の杭に刺し貫かれた兵の絶叫か?
 ここまでのことをしなければならなかったのか、と、己(おの)が浅慮(せんりょ)を悔いながら上り坂を駆け上っていると、突然、風が背後から迫ってきた。そして、その風が過ぎると、前方二十五エル(約十メートル)ほどのところに、あちこちが破れた簡素なドレスを着た少女が立っていた。
 執事がカンテラを向けると、その少女の姿、面貌が明らかになる。少女が憎悪をにじませた凄惨な笑みで言った。
「ふざけたマネをしてくれたわね、ヒルデガルト。『ユミルの眼』だけでなく、『ユミルの右腕』まで、かっぱいでいくとはね」
 もう少し時間があれば、左腕もこちらのものにすることが出来たのだが。そう思いながらも、ヒルデガルトは言った。
「あの罠を、よくかいくぐって来られましたね、お姉様?」
 鼻で嗤い、少女……アンゲリカが答えた。
「落石。こんなものは、罠のうちには入らない。『ユミルの耳』があれば、石を留めている網(あみ)、それを岩肌に止めている綱(つな)の一つを切ろうとしている何者かの、息吹(いぶき)さえ聞こえたわ。進路を塞いだ石も、巨人の膂力(りょりょく)があれば、なんということも。第二の罠も同じ。大弓の弦(つる)を留めている綱を切る騎士の息吹が、耳元で聞こえたわ。こっちに向かって飛んできた鎗も、我が家門に仕える騎士たちには、何ら障害にならない。もっとも、その資格のない者は、その時に鎗に貫かれて、絶命したようだけど?」
 アンゲリカがゆっくりと歩み寄ってくる。
「三つ目の落とし穴に至っては、罠とさえ言えないわ。巨人にとっては何十エル、いいえ、何百、何千エルでさえ、ほんの一またぎ、一瞬のことだわ。もっとも、多くの者はその穴に落ちて、さらにそこに待機していた騎士が放った、板バネ式でなだれ込んできた土砂で、動けなくなっていたようだけど? あなた、せっかくの巨人の右腕で土木工事をやるなんて、どうかしてるんじゃないの?」
 ヒルデガルトの背後から、坂道を駆け上る足音と、鎧のすれる金属音がした。
「ヒルデガルト様!」
 罠を発動させた騎士、三人が、こちらに追いついてきたのだ。ヒルデガルトは言った。
「ごめんなさいね、あなたたちに同士討ちをさせて」
 本当に申し訳ない気持ちで言うと、三人の中のリーダー格が言った。
「いいえ。あの者たちは、非道の振る舞いを是(ぜ)とする者たちでした。いつかレオポルト様が粛正(しゅくせい)なさるのでは、と思っていたところです」
 他の二人も頷く。
 アンゲリカが言った。
「さあ! 何をやったのか知らないけど、『ユミル』の眼と右腕を返しなさいッ!」
 ヒルデガルトたちは、少しずつ後じさる。騎士たちは、ヒルデガルトと執事をかばうように、剣を構えて前に出る。
「……そう。いい度胸だわ」
 二十エル(約八メートル)ほど斜め上の位置から、アンゲリカが左腕をこちらに伸ばした!
 ヒルデガルトも、右腕を伸ばす! 両者の間の空間で爆裂音が響き、赤や青の閃光がいくつも弾けた!
「グウウウゥッ!?」
 念を込め、アンゲリカの左腕を防ぐも、相手には「ユミルの腕」の行使に一日(いちじつ)の長(ちょう)がある。「右腕」に、完全にヒルデガルトの支配が及んでいないのがわかった。アンゲリカに押され、ジリジリとヒルデガルトは坂道を滑り降りていく。
 その隙に騎士たちがアンゲリカに斬りかかる。
 だが、アンゲリカはその騎士たちを軽々と、否、むしろ華麗とさえ見える動きで蹴り飛ばした。一人は岩肌に背中を強く打ち、二人はヒルデガルトの後方へ、転げ落ちていった。


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