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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第66回   強奪
「ク……? ア、アアアアッ!?」
 レオポルトは、思わず、娘・アンゲリカを見た。

 ここは王都、そして王城の建つ敷地内。その東にある花畑だ。
 晴天の今日、レオポルトとアンゲリカは、巨人ユミルの最後のパーツであり、ユミルを動かすための「心臓」を手に入れるため、ここに乗り込んで来ていた。
 国王はもはやマイスナー家に逆らう威光を持っておらず、言われるがまま、レオポルトが引き連れてきた一個小隊に花畑を蹂躙(じゅうりん)されている。「ユミルの眼」に映る景色を元に、アンゲリカが指図(さしず)するままに、騎士や兵たちは草花を踏み荒らし、茎を踏み折り、花を踏みにじって、其処此処(そこここ)の地面を掘り起こす。
 アンゲリカは時折、「そこに柱を立てろ」とか「ここに穴を掘って水を流し入れろ」という指示を与えている。心臓にはある種の封印がかけられており、それを解くための知識を、脳髄から検索しているのだという。
 そんな作業の最中だったのだ、アンゲリカが顔の上部を掌で押さえて、苦悶の声を上げ始めたのは。
「どうした、アンゲリカ?」
 声をかけるも、アンゲリカは呻くばかり。そして、少しして両膝を折り、荒い呼吸を何度も繰り返したかと思うと、絶叫して横倒しに倒れてしまった。
「アンゲリカ!!」
 娘を抱き起こす。兵たちが何事かと手を止め、こちらを見た。作業の続行を、命じようと思ったが、それどころではない。
「アンゲリカ、アンゲリカ! しっかりしろ!」
 その体を揺さぶると、アンゲリカはきつく瞑(つむ)っていた状態から、ゆっくりと目を開いた。そして。
「お、お父様……」
「おお、大丈夫か、アンゲリカ」
 どうやら命に別状はなさそうで、レオポルトは安堵の息を漏らす。
 アンゲリカが上半身を起こすのを手を添えて助けると、レオポルトは言った。
「今日は、やめておくか?」
「ユミルの心臓」は、また後日でもいいのだ。そう付け加えている途中で、アンゲリカがレオポルトを見た。驚愕の表情で。
「お父様、『ユミルの眼』が奪われましたわ!」
 一瞬、娘が何を言ったか、理解できなかった。
「アンゲリカ、何を言っているのだ?」
「ですから! 『ユミルの眼』が奪われたのです! 私には、ここの『何処』に心臓があって、封印を解く『解除のポイント』が何処にあるのか、見えないのです!」
「な……っ!?」
 アンゲリカが正面に向き直り、顎に右の人差し指を当てて言う。
「こんなことができるのは多分……」
 そして立ち上がる。ふらついた娘の背を支え、レオポルトも立ち上がった。
 決意したように、アンゲリカが言った。
「私は今すぐ『ユミルの脚』を使って、あの者の元へ行きます! お父様はあとから……!」
「いや、駄目だ! 『ユミルの脚』はお前に多大な負担をかける! 皆の者、撤収する。……アンゲリカ、何処へ行けばよいのだ?」
 アンゲリカがレオポルトを見て頷いた。

 秘伝書をまとめた背嚢(ザック)を背負い、ふと。
「もうすぐ来る……。『ユミルの眼』に映っているわ……」
 そう言うと、随行させた三名の騎士、そして齢(よわい)二十七歳の青年執事が頷く。執事が言った。
「各(おの)各(おの)方(がた)、配置に!」
 三名の騎士が頷いて、命じられた場所へと向かう。
 最低限、必要なものが入った背嚢を背負った執事が言った。
「さあ、今のうちに!」
 頷き、通路を駆け出す。


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