「ク……? ア、アアアアッ!?」 レオポルトは、思わず、娘・アンゲリカを見た。
ここは王都、そして王城の建つ敷地内。その東にある花畑だ。 晴天の今日、レオポルトとアンゲリカは、巨人ユミルの最後のパーツであり、ユミルを動かすための「心臓」を手に入れるため、ここに乗り込んで来ていた。 国王はもはやマイスナー家に逆らう威光を持っておらず、言われるがまま、レオポルトが引き連れてきた一個小隊に花畑を蹂躙(じゅうりん)されている。「ユミルの眼」に映る景色を元に、アンゲリカが指図(さしず)するままに、騎士や兵たちは草花を踏み荒らし、茎を踏み折り、花を踏みにじって、其処此処(そこここ)の地面を掘り起こす。 アンゲリカは時折、「そこに柱を立てろ」とか「ここに穴を掘って水を流し入れろ」という指示を与えている。心臓にはある種の封印がかけられており、それを解くための知識を、脳髄から検索しているのだという。 そんな作業の最中だったのだ、アンゲリカが顔の上部を掌で押さえて、苦悶の声を上げ始めたのは。 「どうした、アンゲリカ?」 声をかけるも、アンゲリカは呻くばかり。そして、少しして両膝を折り、荒い呼吸を何度も繰り返したかと思うと、絶叫して横倒しに倒れてしまった。 「アンゲリカ!!」 娘を抱き起こす。兵たちが何事かと手を止め、こちらを見た。作業の続行を、命じようと思ったが、それどころではない。 「アンゲリカ、アンゲリカ! しっかりしろ!」 その体を揺さぶると、アンゲリカはきつく瞑(つむ)っていた状態から、ゆっくりと目を開いた。そして。 「お、お父様……」 「おお、大丈夫か、アンゲリカ」 どうやら命に別状はなさそうで、レオポルトは安堵の息を漏らす。 アンゲリカが上半身を起こすのを手を添えて助けると、レオポルトは言った。 「今日は、やめておくか?」 「ユミルの心臓」は、また後日でもいいのだ。そう付け加えている途中で、アンゲリカがレオポルトを見た。驚愕の表情で。 「お父様、『ユミルの眼』が奪われましたわ!」 一瞬、娘が何を言ったか、理解できなかった。 「アンゲリカ、何を言っているのだ?」 「ですから! 『ユミルの眼』が奪われたのです! 私には、ここの『何処』に心臓があって、封印を解く『解除のポイント』が何処にあるのか、見えないのです!」 「な……っ!?」 アンゲリカが正面に向き直り、顎に右の人差し指を当てて言う。 「こんなことができるのは多分……」 そして立ち上がる。ふらついた娘の背を支え、レオポルトも立ち上がった。 決意したように、アンゲリカが言った。 「私は今すぐ『ユミルの脚』を使って、あの者の元へ行きます! お父様はあとから……!」 「いや、駄目だ! 『ユミルの脚』はお前に多大な負担をかける! 皆の者、撤収する。……アンゲリカ、何処へ行けばよいのだ?」 アンゲリカがレオポルトを見て頷いた。
秘伝書をまとめた背嚢(ザック)を背負い、ふと。 「もうすぐ来る……。『ユミルの眼』に映っているわ……」 そう言うと、随行させた三名の騎士、そして齢(よわい)二十七歳の青年執事が頷く。執事が言った。 「各(おの)各(おの)方(がた)、配置に!」 三名の騎士が頷いて、命じられた場所へと向かう。 最低限、必要なものが入った背嚢を背負った執事が言った。 「さあ、今のうちに!」 頷き、通路を駆け出す。
|
|