次の日の朝。 さて、と。予定通りなら、今日は看護学の日。 でも、確かその前に、ハインリヒが……。 「……っと、あれ? これ、シトラスの香り! ヤバい!」 廊下にいたあたしは、ほのかに辺りに漂うシトラスの香りを感じ取った! この香りには麻痺作用がある! 前回もそうだったけど、今回もか! 確か換気のために開けられた、中庭に面した廊下の窓から漂ってきてたはず! あたしは背を屈(かが)め、窓を閉めた。これなら、たとえ外からの攻撃があっても、銃とかじゃない限り、大丈夫なはず。 ……ほらね、匂わなくなった。しかし、あの手口を使うヤツって、どっちかしら? ウンディーネ? サラマンダー? 多分、サラマンダーね。過去のことを考えたら、ウンディーネはあの香りを使ってきたことは一度もない。ということは、サラマンダーは……。 「……ここの敷地内に潜伏してる!」 どうしよどうしよ!? 誰かに相談しないと! でも、誰に!? あたしが、サラマンダーの得物とか手口とか知ってたら、おかしいじゃん!!
……うん、ここはもう、あたしがループしてるってことを話して、どうにか理解してもらわないとならないわ! その上で……!
「お嬢さま!」 不意に、シェラの大きめの声がした……背後から。 「うわっほうううう!」 いけない、思わず奇声が出ちゃったわ。 シェラは、ちょっとびっくりしてる。 「あ、ご、ごめんなさい、シェラ。 どうしたの?」 気を取り直したように、シェラは言った。 「は、はい。お嬢さま。何度か、お声をおかけしたのですが、心ここにあらずといったようでしたので、失礼とは思いましたが、声を張らせていただきました」 「そうだったの。ごめんなさいね。で、なにか?」 「はい。これからの予定ですが、ヘルミーナメイド長の講義があったと承っております。ですが、お客様がお見えなのですが」 「え? お客様? こんな朝早くに?」 「はい。お忙しい中、捻出できたのが今の時間だけとのことです。ですが、お嬢さまにお会いになるおつもりがないのであれば、お帰り願います」 ああ、ハインリヒね。一応、知らない振りしとこう。 「そう。で、誰が来たの?」 「ハインリヒ・フォン・フォルバッハ卿(きょう)です」 やっぱり。さて、ここの返事なんだけど。 前は、パトリツィアから「ハインリヒは人間のクズ」みたいな話を聞かされたのよねえ。でも、ヴィンについて彼女が言ったことを考えたら、パトリツィアには虚言癖があるみたいだから。 ……。 でも、昨日は嘘つかないで、ちゃんとあたしを護ろうとしてくれたのよね、逃げるんじゃないかって、不安だったんだけど。 うーん。 あ、シェラがあたしの返事を待ってる。どうしようかな? ……………………。 よし! 「わかった。会うわ」 あたしの返事を聞き、シェラが、何故かものすごくうれしそうな表情になった。 「かしこまりました。応接室にお通ししております」 自分の目で確かめるわ、あの人が本当はどういう人なのか。
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