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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第64回   ほんとに人のクズなのかな?
 次の日の朝。
 さて、と。予定通りなら、今日は看護学の日。
 でも、確かその前に、ハインリヒが……。
「……っと、あれ? これ、シトラスの香り! ヤバい!」
 廊下にいたあたしは、ほのかに辺りに漂うシトラスの香りを感じ取った! この香りには麻痺作用がある! 前回もそうだったけど、今回もか!
 確か換気のために開けられた、中庭に面した廊下の窓から漂ってきてたはず! あたしは背を屈(かが)め、窓を閉めた。これなら、たとえ外からの攻撃があっても、銃とかじゃない限り、大丈夫なはず。
 ……ほらね、匂わなくなった。しかし、あの手口を使うヤツって、どっちかしら? ウンディーネ? サラマンダー?
 多分、サラマンダーね。過去のことを考えたら、ウンディーネはあの香りを使ってきたことは一度もない。ということは、サラマンダーは……。
「……ここの敷地内に潜伏してる!」
 どうしよどうしよ!? 誰かに相談しないと! でも、誰に!? あたしが、サラマンダーの得物とか手口とか知ってたら、おかしいじゃん!!

 ……うん、ここはもう、あたしがループしてるってことを話して、どうにか理解してもらわないとならないわ! その上で……!

「お嬢さま!」
 不意に、シェラの大きめの声がした……背後から。
「うわっほうううう!」
 いけない、思わず奇声が出ちゃったわ。
 シェラは、ちょっとびっくりしてる。
「あ、ご、ごめんなさい、シェラ。 どうしたの?」
 気を取り直したように、シェラは言った。
「は、はい。お嬢さま。何度か、お声をおかけしたのですが、心ここにあらずといったようでしたので、失礼とは思いましたが、声を張らせていただきました」
「そうだったの。ごめんなさいね。で、なにか?」
「はい。これからの予定ですが、ヘルミーナメイド長の講義があったと承っております。ですが、お客様がお見えなのですが」
「え? お客様? こんな朝早くに?」
「はい。お忙しい中、捻出できたのが今の時間だけとのことです。ですが、お嬢さまにお会いになるおつもりがないのであれば、お帰り願います」
 ああ、ハインリヒね。一応、知らない振りしとこう。
「そう。で、誰が来たの?」
「ハインリヒ・フォン・フォルバッハ卿(きょう)です」
 やっぱり。さて、ここの返事なんだけど。
 前は、パトリツィアから「ハインリヒは人間のクズ」みたいな話を聞かされたのよねえ。でも、ヴィンについて彼女が言ったことを考えたら、パトリツィアには虚言癖があるみたいだから。
 ……。
 でも、昨日は嘘つかないで、ちゃんとあたしを護ろうとしてくれたのよね、逃げるんじゃないかって、不安だったんだけど。
 うーん。
 あ、シェラがあたしの返事を待ってる。どうしようかな?
 ……………………。
 よし!
「わかった。会うわ」
 あたしの返事を聞き、シェラが、何故かものすごくうれしそうな表情になった。
「かしこまりました。応接室にお通ししております」
 自分の目で確かめるわ、あの人が本当はどういう人なのか。


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