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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第63回   そこにいるのは、誰ッ!?
 右手にある最初のドアを開ける。騎士たちや使用人たちが使うダイニング。真っ暗だけど、誰もいないのはわかる。あ、ちょっといい匂いが残ってる。あたしたちと、まったく同じ献立じゃないけど、今夜は同じ、野菜と肉のスープだったみたい。
 次のドアは同じダイニングのドアなんで、その次のドアを開ける。ここは休憩室みたい。真っ暗だけど、やっぱり誰もいないのがわかる。
 次の部屋は左手にある。ここは厨ぼ……。
「あれ? 鍵が開いてる?」
 南京錠が解除されて、ドアが開いてる。で、入って、しばらく歩いて右にある部屋のドアも開いてた。遠目に見ても、解除された南京錠がぶら下がってるのがわかる。なんだろうと、そこに近づくと、ごそごそと、物音がしてる。
 まさか、泥棒!?
 どうしよう、誰かに報せなきゃ! でも、騎士が表門で警備してるこのお屋敷に、泥棒が入るなんて!
 あたしが騎士の詰め所に向かって駆け出そうとした時、その部屋の中から明かりが動いてきて、ランタンを手にした誰かが出てきた!
 悲鳴を上げそうになって息を引くと、その人物と目があった。
「パ、パトリツィア!?」
「お嬢さま!?」
 お互い、驚いた。ていうか、パトリツィアが、普段見せないビックリ顔をした。
「な、何してるの!?」
「え、えと、あ、あの……」
 パトリツィアが困惑しきった表情で目を泳がせる。初めて見たな、この子の、こんな表情。
 ちょっとしてパトリツィアがうつむいて、答えた。
「……す、すみません、お腹が空いてしまって、その……」
 見ると、ランタンを持ってない方の手には、小さめのバスケット。その中には、パンや干し肉、ブドウ酒なんかがあった。
「お腹が、って……。まあ、今日はいろいろあったからね。でも、鍵は、どうやって開けたの?」
「私たちメイドの宿舎に、いろんなお部屋の合鍵があるんです」
「ああ、そうなんだ。初めて知ったわ」
 うなずいてるあたしに、もじもじして、パトリツィアが言った。
「あの……。すみません、見逃してください!」
 そして、パトリツィアが深々と頭を下げた。
 それを見ていると、なんか、かわいくなってくる。あたしも、夜中に冷蔵庫開けて、スイーツとか出してお夜食にしてたなあ。
「うん、わかった。でも、今晩だけよ?」
 あたしがそう言うと、パトリツィアがパァッと明るい笑顔を浮かべて(笑顔、出来るんだ、この子……)、何度も「有り難うございます!」とお辞儀してた。

 鍵を閉め、パトリツィアは廊下を歩き、裏庭へと出た。さすがに、お屋敷の中では食べられないか。
 あたしは、そのまま、廊下を歩く。左手には、お風呂へ通じるドア、おトイレがあって……。角を曲がって書庫があって、応接室、エトセトラ。
 でも、誰もいなかった。
 他の階も見て回ったけど、人影はなかった。
 今夜は、あの白い影、出現しなかったのかな?


 王と王妃の閨(ねや)に、ある人物が現れた。
 ベッドから起き上がり、王妃はその影を見る。
「お前か。……ン? 怪我をしているな。何があったのだ?」
「攻撃されました」
「攻撃?」
「はい」
「誰に?」
「アストリット・フォン・シーレンベックでございます」
 その返答に、王妃は思わず目を見開いた。
「なんと!」
 声も大きくなった。王が起き上がり、寝ぼけ眼(まなこ)をこする。しかし、それには気を留めず、王妃は言った。
「フ、フフフフ。これは面白い。以前のアストリットは戸惑い怖れ、翻弄されているだけの小娘であったが、ここ十回近くのアストリットは、まるで別人だのう。シルフを退(しりぞ)け、ウンディーネを退け、今日はお前を負傷させた。まさに、別人だわ。何度も死んでいるうちに、度胸が据わったのかしら?」
 影は何も答えない。王は、ただ、ぼんやりと影を見ているだけのようだし、事実、そうであった。王妃は呟いた。
「フフフフ、それならそれでもよいわ。『イグドラシルの秘法』そのものとは無縁の妾(わらわ)じゃが、こちらには『ユミルの脳髄』がある。記憶を持ち越せるのは、お前だけではないぞ、アストリット。今度は主(ぬし)の思惑をさらに外してみせようぞ。そして必ずやお前を殺し、『ユミルの眼』を取り返してくれる。もう、お前には『時間』もさほど残ってはおるまいからのう」
 愉快な心持ちになって、王妃は笑う。王は王妃を見たが、特に何を言うでもなく、横になった。
 影は一礼して言った。
「どうぞ、ご下命を」
 王妃はニヤリとして、影を見た。


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