あたしは目をきつく閉じ、体を強ばらせた。次の瞬間!
「アウグッ!?」
なにかが風を切る音がしたかと思うと、打撃音、そして悲鳴。そしてウンディーネは来ない。 恐る恐る目を開けると、あたしの前に、一人の騎士がいた。フルフェイスの兜をかぶってるから、人相がわからないけど、軽装ともいえるヨロイを着ててもわかる、そのスリムなボディーラインは女性っぽい。そして、その騎士は、まるでどこからか飛んできて着地し、屈んだような体勢から、ゆっくりと立ち上がる。 「き、貴様、この私に蹴りを放つとは、邪魔をする気か……!?」 苦しそうに絞り出したウンディーネの言葉には応えず、その女性騎士(デイム)は剣を抜き、構える。 地面に這いつくばっていたウンディーネが、鬼のような表情になって立ち上がり、あたしたちを睨んで言葉を吐き出す。 「邪魔者は、排除するわ、クソがァッ……!!」 そうして背を屈(かが)め……。 「ウッ!?」 膝から崩(くず)れ、ウンディーネは片手を地に着いた。 「しまった、限界が来たか……!」 震える脚で、ウンディーネは立ち上がろうとするけど、うまくいかず、片膝をついた。そこを狙って女性騎士が斬りかかった! やった、ウンディーネに勝った! あたしがそう思った時。 「……あ、そういえば」 ふと何かを思い出し、それが何かを突き止めるより早く、あたしは振り向いて上を見た。一つの屋台の天幕に、一人の男がいる。妙に痩せてて、そのせいかひょろひょろと高く見える。そしてその男は、両手に何か持ってた。 右手に持ったものは、液体っぽいものが入ったガラス瓶で、その口に火がついた何かが詰めてある。左手に持ったものは、よくわからないけど黒い粉っぽいものが入ってる。 それを見た瞬間、あたしの脳裏に電撃的に記憶がよみがえった。 「そうか、あいつがアレを投げ込んで、ウンディーネを逃がしたんだ!」 あたしはとっさに手に持った短剣を、男に投げつけた! 「ウグッ!?」 本当はお腹(なか)を狙ったんだけど、短剣は男の左肩に刺さった。顔を歪めた男だったけど、それでも両手に持った瓶を、ウンディーネとあたしたちの間に投げつける。そして、ウンディーネとあたしたちとの間で、小さな爆発がいくつも起こった! とにかく煙が朦朦(もうもう)と立ちこめてて、何にも見えない。しばらく咳き込んでいると、少しずつだけど、風が流れて煙が吹き消されていった。
煙が晴れた時、そこには、ウンディーネも、あの騎士もいなかった。
その夜。 あたしは、なかなか寝付けないでいた。なんていうか、昼のことで興奮してしまって、脳がギンギンに冴えてるんだと思う。 「ぐあぁぁぁああ〜。眠れないわ〜」 あたしはベッドから起き上がる。 そしてドアを開ける。ドアの横に待機していた女性騎士(デイム)がこちらに気づいて、笑顔で言った。 「どうかなさいましたか?」 「うん、ちょっと寝付けなくて。お屋敷の中、散歩してもいい、外には出ないから?」 「ちょっと待ってください、今、お供する者を……」 あたしは苦笑を浮かべ、手をヒラヒラさせて言った。 「いいよぅ、お屋敷の中だもん、大丈夫だって」 「ですが……」 「大丈夫大丈夫。グルッと回って、部屋に戻るから」 そのあともちょっと押し問答っぽいことをしたけど、結局、あたしに押し切られて、女性騎士(デイム)は散歩を許可してくれた。
実はさぁ、気になってることがあるんだ。 いろいろ状況が変わったせいか、見なくなっちゃったけど、例の白い影、お屋敷のどこに行ったんだろうって思ってたんだ。確かに広いお屋敷だけど、そもそも一部屋一部屋が広いから、部屋数は少ない。だから、一個一個、チェックしていけば、ひょっとしたら出会えるかも、なんて思ってる。
一階に下りてまっすぐ廊下を歩き、突き当たりに来たあたしは左右を見渡す。左手の廊下を行くと騎士たちの詰め所、それから何に使ってるかわからない部屋が数室。右手は厨房、そして騎士たちや使用人たちのダイニング。その途中に、裏庭へ出るドア。 「左手の部屋か、右手か。左手に行っちゃうと、騎士に見つかるかも知れないから、右手か」 あたしは右手への廊下を歩き始めた。
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