というわけで、あたしはバザールを楽しんでる……振りをしてる。 だって、前回通りならウンディーネが襲ってくるし。それに、今回はパトリツィアっていう妙な「おまけ」つきだし。 「お嬢さま、賑やかで楽しいですね! ね、パトリツィア?」 ハンナがパトリツィアに言うと、パトリツィアは「はい、楽しいです」とかって無表情で答える。 ……「楽しい」っていう言葉は、無表情で言うもんじゃないと思う。 「お、お嬢さまも、楽しんでいらっしゃいますか?」 ハンナが、若干引きつり気味の笑顔で、横から言ってきた。 「ええ、とても楽しいわ!」 あたしは、明るく返答する。 すると、斜めうしろからヨロイ姿のガブリエラが言った。 「そうですか、それなら……!?」 言いかけて、ガブリエラは止める。なんだろうと思って振り返ると、ガブリエラは剣を抜いた。すごい、普通に大ぶりに抜くんじゃなく、ほとんど自分の前に向けて直線的に抜いた! あれなら、隣に人がいても剣が当たることはないわね。前に見た時も、すごいと思ったけど、やっぱりガブリエラって優秀な騎士なのかも!? ガブリエラは抜いた剣をそのまま、やっぱり最低限のモーションで上段に構え、振り下ろす。近くで、悲鳴が起こった。ガブリエラを見た人だろう。 風の唸る音がして、あたしたちから遠ざかるように、なにかが地を滑る音がした。音の主(ぬし)は一人の女性。グートルーン・フォン・リヒテンベルク……ウンディーネだった。着ている服は前と同じ「くのいち」っぽい茶色の服。逆手(さかて)に持っているのは短剣(ダガー)。あたしたちの前方七、八メートルぐらいのところにいる。 ここへ来て、人々の耳目が集まった。人々が、あたしたちを遠巻きにする。 鋭い声でガブリエラが問う。 「貴様、何者だ!?」 「そっちのお嬢さまがご存じよ?」 挑戦的な笑みを浮かべてグートルーンが言う。 「グートルーン・フォン・リヒテンベルクを名乗っていた女よ」 あたしは前と同じく、わざとぶっきらぼうに言ってやった。 この後のは、前と同じ。ウンディーネがジャンプして、あたしに向かってきた時だった。 「お嬢さま!」 パトリツィアが、あたしの盾になるようなポジションにつく。そして、ガブリエラがその前に来て、ウンディーネの剣を弾いた。そのあとの立ち回りは、多分、前と同じだったと思う。前と違うのは、パトリツィアがことごとく、あたしの盾になったということ。あたしが背後を取られても、あたしを腕で押しのけるようにして前へ出る。有り難いんだけど……。
巻き込んで、怪我させたり、殺されたりしちゃったら、申し訳ないわよ。あたしだったら、死んでもループできるし。
だからといって、わざわざ死にたいわけじゃないんだから! 剣で刺されたり、矢で射られたら、メッチャメチャ痛いんだから!
なんて思ってるうちに、ウンディーネの高速移動が始まった。ウンディーネ曰く「ゆみるのあし」。 なに、それ? そして、風が唸る音がして、誰かが「上!」と叫ぶ。反射的にあたしは上を見る。短剣を構えたウンディーネが、落下してきていた。あたしは、やっぱり反射的に前で盾になっているパトリツィアを突き飛ばし、あたし自身はバックステップを踏み、後退する。 爆撃でも起きたかのような土煙が起きて、あたしとパトリツィアの間に、ウンディーネが着地、ていうか、着弾した。その土煙を突き抜けて、ウンディーネが迫る! あたしは後退しながら、その刃を短剣で捌く。ウンディーネが向けてくる短剣をなんとか防げているけど、こっちは後退しながらだから、反撃どころじゃない。 あたしが数歩下がったところで、ハンナが気合いもろとも、左手側から割り込んできた。それを右手に横飛びに飛んで避けると、ウンディーネはそのままあたしの右手側から突っ込んでくる。あたしが短剣を構えると、ガブリエラが気合いとともにウンディーネに斬りかかった。 パトリツィアは、完全にあたしから遠く離れてる。本人からすると不本意かも知れないけど、あたしはホッとしてる。彼女を危険な目には遭わせられないし。 ガブリエラの剣を防いだウンディーネは、あたしたちの五、六メートル先にいる。 「チッ、邪魔ねえ……」 忌忌(いまいま)しそうにそう言うと、ウンディーネの姿が消えた。例の高速移動だ。そして、いきなりガブリエラの前に現れた! とっさのことで、ガブリエラも応じることが出来ず、ウンディーネに蹴り飛ばされてしまった。かなりの距離、飛ばされ、ガブリエラは露店の一つに背中から衝突し、苦鳴を上げて動けなくなってしまった。 ハンナも応戦してるけど、ウンディーネに蹴り飛ばされ、露店の屋台に激突し、苦鳴を上げて動かなくなった。 あたし自身に向かってくる時には、その剣の動きが見えるんだけど、第三者として見る時には、まったくわからない。それがなんだか、もどかしい。 「さてっ、と」 と、ウンディーネがあたしを見る。 「アストリットお嬢さま、古来の習わしに則(のっと)って、復讐の先回りをさせていただきますわ」 仰々しく頭を下げ、ウンディーネが短剣で襲いかかってくる。
あ……。前回はスローに見えなかったけど、今度はうまく捌(さば)ける! 短剣だけじゃなく、どこへ行くのか、その動きも、目で追えてる! ウンディーネが悔しそうにしながら、短剣を振るう。 よし! 今度は勝てる! そう思った時だった。 「お嬢さま、危ない!」 パトリツィアが、あたしに向かってきて、ウンディーネとの間に割り込もうとした。 「危ない! こっちに来ないで、パトリツィア!」 職務意識が強いのも、考えものだわ! あたしは半(なか)ば体当たりをするようにして、パトリツィアを遠ざける。反動で、あたしの体勢は乱れ、そのまま、つんのめるようにして、倒れ込んでしまった。 「! しまった!!」 ウンディーネがジャンプして、あたしに飛びかかってきた!
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