馬車の中であたしと向き合い、少年はムッとしたまま窓外の景色を眺めていた。 もうすっかり暗くなっている。深夜ではないと思うけど、それなりに夜更けだというのは、わかった。 あたしは、とりあえず言った。 「ねえ、あなた、弟のヴィンフリート、よね?」 「は?」と、少年が怪訝な表情になる。 「そうですが? 姉上、どうかなさったのですか?」 どうかなさったっていうか、このシチュエーションに覚えがあるっていうか。 あたしは次に言うべき言葉を考えた。
………………思いつかない。 だって、わけわからないんだもん。あたしは、小松崎(こまつざき)未佳(みか)っていう、女子高に通う、十六歳のフツーの女子高生だっていうのに、中世ヨーロッパ風の世界にいるし、にも拘(かか)わらず、この状況、覚えがあるし。 あたしが言葉に詰まっていると、ヴィンが「ふう」とため息をついて、寂(さび)しげに言った。 「舞踏会のさなかで、婚約を破棄するなど、正気の沙汰とも思えません。サー・ハインリヒ……、姉上と婚約した時には、信頼できるお方だと思ったのですが。もしかしたら、グートルーン嬢に、たぶらかされているのかも?」 ああ、よくあるヤツね、女狐(めぎつね)にどうのこうの、ってヤツ。 少年はあたしを見つめて、そして言った。 「姉上、このような状況になった以上、習わしに従っていただかなければなりません」 このキーワードで、あたしの中に気持ちの悪い何か(すっぱい感じのアレね)と一緒に、言葉が出てきた。 「ああ、復讐ね……」 ヴィンが頷く。 「ええ。まあ、殺すまでしなくてもいいです。百年前の英明(えいめい)王(おう)ギュンター二世による各種制度改革により、決闘に類する行為の場合、相手を殺してはならない、と、法が変えられましたから」 そうなのよねえ、あたし、女子高生なんだけど、そういう仕○人みたいなことしないと、ならないらしいのよねえ。 「とりあえず、姉上にはある程度、身を護る術(すべ)を身につけていただきたいのです。向こうも、ただ黙って復讐を受け入れるなんてことはしませんでしょうし」 あたしは頭を抱えた。 「ねえ、ヴィン。その復讐、どうしてもやらなきゃダメ?」 ヴィンは馬車の天井を見て言った。 「今日のことは、社交界に伝わりましたし。やらないと、我がシーレンベックの名折れになりますし。そういうのが王家に伝わると、笑いものになるどころか、こちらへの心証が悪くなって、何かにつけてペナルティーの種になる恐れもありますし」 泣きたい気持ちになった時、シーレンベック領に帰ってきたらしい、馬車がいったん止まって、門の開く音がした。 「姉上、大丈夫です。相手のことを徹底的に調べ上げて、必ず姉上が勝てるようにしますから。僕を信じてください!」 信じろって言われてもねえ……。 門をくぐり、馬車が領内に入る。 シーレンベック邸へと向かう中、あたしはこのデジャブの意味を考えていた。
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