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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第59回   予定通り……なの?
 とにかく混乱なのよ。アメリアに剣を刺そうとした時に響いた声とか、銃をどこかに持って行っちゃったあたしとか。
 結局、その日一日、あたしの頭は混乱するだけで、まともに働かなかった。

 翌朝、朝食が終わった後、あたしはヴィンに尋ねた。
「ねえ、昨日アメリアを引っ立てていったわよね? なにか、わかった?」
 もしかしたら、あの時の声は「アメリアを生かしておけば、有益な情報が手に入るかも?」っていう、あたしの潜在意識の声だったのかも知れない。
 ヴィンはいったんお父様を見る。お父様が頷いた。なので、ヴィンが答えた。
「姉上、実は『グートルーン・フォン・リヒテンベルク』なんて人間は存在しないんです」
「………………………………………………え?」
 一応、そう応えておく。
「昨日、アメリアを尋問する中で偶然に出てきた話題なのですが、そもそも『リヒテンベルク』という貴族が存在しないそうなのです」
 そっかあ、やっぱり、まずはそれか。重大事よね、あたしの婚約者がだまされてた、ってことだし。
「今日、王都に人をやって、国内の叙爵(じょしゃく)された者のリストを確認することになっています」
「そうなんだ。グートルーンなんて貴族の令嬢なんて、いないんだ」
 ため息をつき、やや呆れたようにヴィンは言った。
「お恥ずかしながら、所領を持っていない貴族については、その全部を把握できていないんです。姉上もご存じのように、伯爵以下は、一定以上の税金と寄付金を納めれば、叙爵されますし」
 そのあとを、お父様が続けた。
「フォン・フォルバッハには、私から抗議の書簡を送る。復讐に関連して、お前の命が狙われたのだ、当然、こちらからも婚約破棄の書類を送る、向こうにいかなる事情があろうと。それでいいね、アストリット?」
「え? ええ、そうね、そうしてもらえれば」
 お母様も頷いてる。
「ねえ、ヴィン、ほかに何かわかったこととかある?」
「いえ、特には。強いて言うなら」
「言うなら?」
「彼女もほかの仲間については知らない、ということでした」
 うーん、これまでと一緒かあ。なんか、新しい情報があって、それのために「殺すなー!」とかって思ったのかも知れない、なんて期待したけど。
 食堂を出たところで、あたしはヴィンに聞いた。
「ちなみに、アメリアってどうなったの?」
 ヴィンが沈痛な表情になった。
「こちらに有用な情報は、ないようなので、昨夜遅くに、処刑しました」
「…………………」
「我が家門に対する無礼ですので、裁量権は領主にあります。彼女の行為は、十分、処刑に値するものですので」
「ああ、そ、そう……………………」
「では、失礼します」
「あ、ああ、うん、ありがとね、ヴィン」
 ヴィンにお礼を言って、あたしは自分の部屋に戻った。
 なんとかベッドまで、倒れないよう、こらえてから、ぶっ倒れた。
 うああ〜、この話聞くの、二度目だけど、やっぱきっついわあ、「処刑」とかいうワードは〜。やっぱ、あれかな〜、ギロチンとか? それか、銃殺? ……いや、銃殺はないか、銃声がするし、あたし、そんな音、聞いてないし。
 部屋に戻ると、ドアの横に女性騎士(デイム)が立っていた。あたしがなんとなく見ていると、その女性騎士が言った。
「本日、ただ今から、交代制で私(わたくし)ども女性騎士(デイム)が、お嬢さまの部屋の警護をすることになりました」
「部屋の警護?」
「はい。何者かが潜入し潜伏するなどの危険を防ぐためであります」
 ああ、そうだったわ。そういうことも一瞬、頭の中から飛んでた。もう、昨日から訳のわかんないことの連続。
「そう、ご苦労様」
 そう言って、あたしは部屋に入り、ベッドに倒れ込んだ。

 で、しばらく、ぐったりしていると、ヴィンがやって来て、ハンナが護衛役に就くことになって。身の回りのお世話は、シェラがやるってことになって。


 ……聞かなきゃ、シェラに、彼女自身のこと。あたし、この人のこと、知ってるはずなの。



 アストリットの父・ゴットフリート・フォン・シーレンベックは、朝食を終えた後、書斎へ行った。そして、デスクにつき、便せんを用意する。そして、心中(しんちゅう)、呟いた。

“ここまでは、予定通りだ。間違いなく、アストリットの中に呼び込んだ、誰かの魂の意識が「表(おもて)」に出てきている。まだ確信はないが、書いておくか、「ユミルの眼」についても? しかし、なぜ「イグドラシルの秘法」の行使者である私が、これまで巡ってきた周回の記憶を、持ち越せないのか? 秘法を行使する際に、何か、不備でもあったのだろうか? 呼び入れた魂が、こことは別の時空から来たのなら話は別だが、そのようなことがあるはずは……”


 しばらく思案して、ゴットフリートはペンを取った。


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