とにかく混乱なのよ。アメリアに剣を刺そうとした時に響いた声とか、銃をどこかに持って行っちゃったあたしとか。 結局、その日一日、あたしの頭は混乱するだけで、まともに働かなかった。
翌朝、朝食が終わった後、あたしはヴィンに尋ねた。 「ねえ、昨日アメリアを引っ立てていったわよね? なにか、わかった?」 もしかしたら、あの時の声は「アメリアを生かしておけば、有益な情報が手に入るかも?」っていう、あたしの潜在意識の声だったのかも知れない。 ヴィンはいったんお父様を見る。お父様が頷いた。なので、ヴィンが答えた。 「姉上、実は『グートルーン・フォン・リヒテンベルク』なんて人間は存在しないんです」 「………………………………………………え?」 一応、そう応えておく。 「昨日、アメリアを尋問する中で偶然に出てきた話題なのですが、そもそも『リヒテンベルク』という貴族が存在しないそうなのです」 そっかあ、やっぱり、まずはそれか。重大事よね、あたしの婚約者がだまされてた、ってことだし。 「今日、王都に人をやって、国内の叙爵(じょしゃく)された者のリストを確認することになっています」 「そうなんだ。グートルーンなんて貴族の令嬢なんて、いないんだ」 ため息をつき、やや呆れたようにヴィンは言った。 「お恥ずかしながら、所領を持っていない貴族については、その全部を把握できていないんです。姉上もご存じのように、伯爵以下は、一定以上の税金と寄付金を納めれば、叙爵されますし」 そのあとを、お父様が続けた。 「フォン・フォルバッハには、私から抗議の書簡を送る。復讐に関連して、お前の命が狙われたのだ、当然、こちらからも婚約破棄の書類を送る、向こうにいかなる事情があろうと。それでいいね、アストリット?」 「え? ええ、そうね、そうしてもらえれば」 お母様も頷いてる。 「ねえ、ヴィン、ほかに何かわかったこととかある?」 「いえ、特には。強いて言うなら」 「言うなら?」 「彼女もほかの仲間については知らない、ということでした」 うーん、これまでと一緒かあ。なんか、新しい情報があって、それのために「殺すなー!」とかって思ったのかも知れない、なんて期待したけど。 食堂を出たところで、あたしはヴィンに聞いた。 「ちなみに、アメリアってどうなったの?」 ヴィンが沈痛な表情になった。 「こちらに有用な情報は、ないようなので、昨夜遅くに、処刑しました」 「…………………」 「我が家門に対する無礼ですので、裁量権は領主にあります。彼女の行為は、十分、処刑に値するものですので」 「ああ、そ、そう……………………」 「では、失礼します」 「あ、ああ、うん、ありがとね、ヴィン」 ヴィンにお礼を言って、あたしは自分の部屋に戻った。 なんとかベッドまで、倒れないよう、こらえてから、ぶっ倒れた。 うああ〜、この話聞くの、二度目だけど、やっぱきっついわあ、「処刑」とかいうワードは〜。やっぱ、あれかな〜、ギロチンとか? それか、銃殺? ……いや、銃殺はないか、銃声がするし、あたし、そんな音、聞いてないし。 部屋に戻ると、ドアの横に女性騎士(デイム)が立っていた。あたしがなんとなく見ていると、その女性騎士が言った。 「本日、ただ今から、交代制で私(わたくし)ども女性騎士(デイム)が、お嬢さまの部屋の警護をすることになりました」 「部屋の警護?」 「はい。何者かが潜入し潜伏するなどの危険を防ぐためであります」 ああ、そうだったわ。そういうことも一瞬、頭の中から飛んでた。もう、昨日から訳のわかんないことの連続。 「そう、ご苦労様」 そう言って、あたしは部屋に入り、ベッドに倒れ込んだ。
で、しばらく、ぐったりしていると、ヴィンがやって来て、ハンナが護衛役に就くことになって。身の回りのお世話は、シェラがやるってことになって。
……聞かなきゃ、シェラに、彼女自身のこと。あたし、この人のこと、知ってるはずなの。
アストリットの父・ゴットフリート・フォン・シーレンベックは、朝食を終えた後、書斎へ行った。そして、デスクにつき、便せんを用意する。そして、心中(しんちゅう)、呟いた。
“ここまでは、予定通りだ。間違いなく、アストリットの中に呼び込んだ、誰かの魂の意識が「表(おもて)」に出てきている。まだ確信はないが、書いておくか、「ユミルの眼」についても? しかし、なぜ「イグドラシルの秘法」の行使者である私が、これまで巡ってきた周回の記憶を、持ち越せないのか? 秘法を行使する際に、何か、不備でもあったのだろうか? 呼び入れた魂が、こことは別の時空から来たのなら話は別だが、そのようなことがあるはずは……”
しばらく思案して、ゴットフリートはペンを取った。
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