翌朝、あたしが目を覚ました頃、ドアがノックされた。 入室の許可を出すと、メイドさんが入ってきて朝の挨拶をした後、予想通りの言葉を言った。 「お嬢さま、事情はヴィンフリート様から伺っております。朝食の前に、軽く鍛錬をしようと、アメリアが申しておりますが。いかがなさいますか?」 はっはっは、もう暗記しちゃったわよ、ここのやりとり。 「わかった。鍛錬してもらうわ。アメリアさんなら、トレーニングに、うってつけだもの。腕の立つ武術者なのよね?」 あたしは笑顔で答えた。心の中は、戦闘モードになってた。 「はい、昨日(さくじつ)は領主様のご下命でヒューゲル伯爵の御領(ごりょう)へ伺っておりましたが、昨夜遅くに戻って参りました。お嬢さまの事情を伺って、アメリアも心配しております。復讐するに際し、相手の防衛は必至。必ず勝利を収めるためには、鍛錬が必要、とアメリアが申しておりました。運動の出来るお召し物で、裏庭へお越しください。それでは」 一礼し、メイドさんはドアを閉めた。 「さて、と、フリントロックを……」 鏡台と壁の隙間に手を突っ込む。 「んがッ!? また、なくなってるー!? どうなってんだ、これ!?」 あたしは、部屋のあちこちを探す。 「はあ、はあ、はあ。なんで、ないのよう……」 どうして、なくなってるかなあ!? 「はっ!? もしかして!?」 あたしはパジャマのまま、部屋を飛び出した。向かう先は武器庫だ。
「なくなってる。短銃だけが」 他の武器はあるのよ。飛び道具もライフルとか、弓は。いやいや、そんなん、隠し持てないでしょ!? どうするどうする!? アメリアとの修練、断る!? ヤバい、パニックになって、頭の中がゴチャゴチャだ! まともにものが考えられない! 結局、あたしはアメリアに稽古をつけてもらうことにした。 うう〜、なんだろう、稽古を明日にしてもらう、あるいは、始める時間を引き延ばして遅らせるだけで、なんか解決するような気がするんだけど〜、思い出せないよう〜。
そして、稽古。これまで通り、アメリアの動きがスローモーションで見えるおかげでことごとく剣を弾くことが出来た。 アメリアの剣を折ってやって(簡単に折れるのよ、これが)、あたしの剣で殴り倒してやると「おんばひがさ」(だから、何、それ?)がどうの「棄民街」がこうの、って、あたしを恨めしそうに睨んで吠えてた。 あたしは、自分の剣を見る。確かに刃は落としてあるんだろうけど、剣先はとがってた。 前回はアメリアを生かしてたから、もろもろ予定が狂ってしまった。これまでの予定通りに進めたいなら、この場でアメリアを……。 あたしは剣先をアメリアに向ける。アメリアが一層、険のある表情であたしを睨む。 二度ほど鼻で呼吸を繰り返す。呼吸(いき)の音がハッキリと耳に届く。あたしは剣先でアメリアの喉元を狙い、弓の弦(つる)を引いて矢を放つかのように、体をひねって剣を後ろへ引き、突き込もうとした、その刹那(せつな)!
“殺してはダメッ!!”
………………ッ!? 「……ックッ!? な、なに、今の声……ッ!?」 かたく目をつむり、あたしは頭を押さえる。頭の中で、誰か……多分、あたしと同い年ぐらいの女の子の声が響いた。 頭の芯が、ジンジン響いてる。それと同時に頭の中に強烈な痺(しび)れが起きる。頭を押さえる手が震えた。まっすぐ立っていられず、足下がふらついて思わずよろける。 「姉上!」 その時、ヴィンの声がした。ヴィンがあたしの近くに駆け寄り、顔を覗き込んでくる。あたしはなんとか片目を開けて、ヴィンを見た。 「大丈夫ですか、姉上!?」 心配そうにしているヴィンの顔がある。 「え、ええ……」 あたしは見栄を張って、口元に笑みを浮かべて見せる。ヴィンがあたしの脇腹に手を当てて、支えてくれる。 「姉上が無事で何よりでした。実はこのアメリアという女は、姉上を殺しに来た殺し屋だったんです」 次の瞬間。 「……あ」 頭の痺れが、ある映像を、あたしの頭の中に結んだ。それは。
武器庫からフリントロックを持ってきて、ベッドと壁の隙に挿し込むあたし。画面が乱れて別の映像になる。そこではあたしはパジャマ姿で、せっかく挿し込んだフリントロックを取り出し、どこかへ持っていった。そしてまた画面が乱れる。次に再生された映像では、武器庫に入ったパジャマ姿のあたしが、短銃をすべて持ち出し、どこかへ持っていく。
「短銃を隠したの、あたしだったんだ……。でも、なんで……?」 ヴィンが何か話し、騎士たちがアメリアを連行するのを見ていると、映像が終わり、あたしの頭の痺れは消えていった。
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