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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第58回   この声、誰ッ!?
 翌朝、あたしが目を覚ました頃、ドアがノックされた。
 入室の許可を出すと、メイドさんが入ってきて朝の挨拶をした後、予想通りの言葉を言った。
「お嬢さま、事情はヴィンフリート様から伺っております。朝食の前に、軽く鍛錬をしようと、アメリアが申しておりますが。いかがなさいますか?」
 はっはっは、もう暗記しちゃったわよ、ここのやりとり。
「わかった。鍛錬してもらうわ。アメリアさんなら、トレーニングに、うってつけだもの。腕の立つ武術者なのよね?」
 あたしは笑顔で答えた。心の中は、戦闘モードになってた。
「はい、昨日(さくじつ)は領主様のご下命でヒューゲル伯爵の御領(ごりょう)へ伺っておりましたが、昨夜遅くに戻って参りました。お嬢さまの事情を伺って、アメリアも心配しております。復讐するに際し、相手の防衛は必至。必ず勝利を収めるためには、鍛錬が必要、とアメリアが申しておりました。運動の出来るお召し物で、裏庭へお越しください。それでは」
 一礼し、メイドさんはドアを閉めた。
「さて、と、フリントロックを……」
 鏡台と壁の隙間に手を突っ込む。
「んがッ!? また、なくなってるー!? どうなってんだ、これ!?」
 あたしは、部屋のあちこちを探す。
「はあ、はあ、はあ。なんで、ないのよう……」
 どうして、なくなってるかなあ!?
「はっ!? もしかして!?」
 あたしはパジャマのまま、部屋を飛び出した。向かう先は武器庫だ。

「なくなってる。短銃だけが」
 他の武器はあるのよ。飛び道具もライフルとか、弓は。いやいや、そんなん、隠し持てないでしょ!?
 どうするどうする!? アメリアとの修練、断る!?
 ヤバい、パニックになって、頭の中がゴチャゴチャだ! まともにものが考えられない!
 結局、あたしはアメリアに稽古をつけてもらうことにした。
 うう〜、なんだろう、稽古を明日にしてもらう、あるいは、始める時間を引き延ばして遅らせるだけで、なんか解決するような気がするんだけど〜、思い出せないよう〜。

 そして、稽古。これまで通り、アメリアの動きがスローモーションで見えるおかげでことごとく剣を弾くことが出来た。
 アメリアの剣を折ってやって(簡単に折れるのよ、これが)、あたしの剣で殴り倒してやると「おんばひがさ」(だから、何、それ?)がどうの「棄民街」がこうの、って、あたしを恨めしそうに睨んで吠えてた。
 あたしは、自分の剣を見る。確かに刃は落としてあるんだろうけど、剣先はとがってた。
 前回はアメリアを生かしてたから、もろもろ予定が狂ってしまった。これまでの予定通りに進めたいなら、この場でアメリアを……。
 あたしは剣先をアメリアに向ける。アメリアが一層、険のある表情であたしを睨む。
 二度ほど鼻で呼吸を繰り返す。呼吸(いき)の音がハッキリと耳に届く。あたしは剣先でアメリアの喉元を狙い、弓の弦(つる)を引いて矢を放つかのように、体をひねって剣を後ろへ引き、突き込もうとした、その刹那(せつな)!



“殺してはダメッ!!”



 ………………ッ!?
「……ックッ!? な、なに、今の声……ッ!?」
 かたく目をつむり、あたしは頭を押さえる。頭の中で、誰か……多分、あたしと同い年ぐらいの女の子の声が響いた。
 頭の芯が、ジンジン響いてる。それと同時に頭の中に強烈な痺(しび)れが起きる。頭を押さえる手が震えた。まっすぐ立っていられず、足下がふらついて思わずよろける。
「姉上!」
 その時、ヴィンの声がした。ヴィンがあたしの近くに駆け寄り、顔を覗き込んでくる。あたしはなんとか片目を開けて、ヴィンを見た。
「大丈夫ですか、姉上!?」
 心配そうにしているヴィンの顔がある。
「え、ええ……」
 あたしは見栄を張って、口元に笑みを浮かべて見せる。ヴィンがあたしの脇腹に手を当てて、支えてくれる。
「姉上が無事で何よりでした。実はこのアメリアという女は、姉上を殺しに来た殺し屋だったんです」
 次の瞬間。
「……あ」
 頭の痺れが、ある映像を、あたしの頭の中に結んだ。それは。

 武器庫からフリントロックを持ってきて、ベッドと壁の隙に挿し込むあたし。画面が乱れて別の映像になる。そこではあたしはパジャマ姿で、せっかく挿し込んだフリントロックを取り出し、どこかへ持っていった。そしてまた画面が乱れる。次に再生された映像では、武器庫に入ったパジャマ姿のあたしが、短銃をすべて持ち出し、どこかへ持っていく。

「短銃を隠したの、あたしだったんだ……。でも、なんで……?」
 ヴィンが何か話し、騎士たちがアメリアを連行するのを見ていると、映像が終わり、あたしの頭の痺れは消えていった。


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