「アストリット・フォン・シーレンベック、今ここでお前に婚約の破棄を言い渡す!」 「…………………………」 ええっとぅ。 「そして今この場で、この私、ハインリヒ・フォン・フォルバッハは宣言する! ここにいるグートルーン・フォン・リヒテンベルクを妻とすることを!」 「…………あ、あ〜、そう、ここからなのね」 そっかぁ、ここがセーブポイントなんだ。オートセーブ機能付きって、すごいわ、あたしの命。
「姉上、このような状況になった以上、習わしに従っていただかなければなりません」 帰りの馬車の中で、ヴィンが言った。 「ああ、復讐ね。わかってるわよ、殺すまではいかず、でも、相手を徹底的に辱める、でしょ?」 「え? え、ええ。まあ……。とりあえず、姉上にはある程度、身を護る術(すべ)を身につけていただきたいのです。向こうも、ただ黙って復讐を受け入れるなんてことはしませんでしょうし」 あたしは、ジト目でヴィンを見た。 「どうかなさいましたか、姉上? 僕の顔に何かついてる、とか?」 「べっつにぃ〜」 「そ、そうですか」 この子も、シーレンベック家への復讐心を抱いてるのよねえ。ま、あたしにとっては、シーレンベック家がどうなろうと知ったこっちゃないけど。 でも、人は見た目によらないわよねえ。なんか、幻滅だなあ。こんなにいい子っぽいのに。 こりゃ、ダマされるわ。 「ど、どうかなさいましたか、姉上? 僕の顔に何か……?」 困惑しきった笑顔のヴィンに、あたしは答えた。 「べぇっつにぃ〜」
帰ってきて、とりあえず、あたしはベッドに座り込む。明日はシルフ……アメリアとのバトルか。 あたしはベッドと壁の隙間を確認する。フリントロックがあった。 前は、どこかに行っちゃったのよねえ。 「よし、別の場所に隠しとこ」 フリントロックを取り出し、適当な場所を探して……。 「ここにしよ」 あたしは鏡台と壁の隙間に突っ込んだ。 「よし、ここに注意する人なんていな……」 そう思った時、ドアがノックされた。 『お嬢さま、よろしいでしょうか、シェエラザードです』 「いいわよ」 入室の許可を出すと、ドアが開き、一礼してシェラが入ってきた。 「お嬢さま、お話はヴィンフリート様から伺っております。明日は、アメリアとの訓練ですね」 「ああ、うん、そうね、決闘だわね」 ああ、汗が止まらない、これ、きっと脂汗(あぶらあせ)。なんでかっていうと。
拳銃、落ちてるーーーーーーー!
やばいやばいやばいやばいやばい!! あたしが部屋にフリントロックを持ち込んでるの、誰にも知られちゃダメなんだってばーーーーーーー! 特にアメリアと同じ、メイド仲間にはーーーーーーーー!!
「お嬢さま? 決闘ではなくて、武芸の訓練なのですが?」 シェラが不思議そうな顔をする。 「あ、ああ、そうだったわ、ごめんなさい!」 あたしは、すり足の横歩きで部屋の中央に行き、シェラの視界から鏡台を外す。 かわらず不思議そうな表情のシェラだったけど、ふと、真剣な表情で、あたしに言った。 「お嬢さま、お嬢さまには、信じてほしいものがございます」 「信じてほしいもの? なに?」 あたしは、気持ちを切りかえて聞いた。 「お嬢さまには、ご自分の感覚を、直感を信じていただきたいのです」 「はあ? どういうこと?」 意味不明。いきなり、何を言いだしたの、この人? 少し置いて、不意にシェラはどこか蠱惑(こわく)的な笑みを浮かべて言った。 「あなたにとって、最善の行動は何?」 「………………え?」 「失礼いたします」 明るい笑顔になって一礼すると、シェラは部屋をで行った。 あたしは硬直していた。 「なに、今の? なんか、見覚えがあるような……」 あたしは頭を振った。今のシチュエーション、どこかで見たような気がするけど、思い出せない。 「あー、もー、ストレス溜まるぅー!!」 こういうのって、精神衛生によくないわぁ! その時だった。 「……あれ? なんか、おかしくない?」 シェラのことはわからないけど、今、頭を使ったせいか、ちぐはぐなことを思い出した。 「パトリツィアは、言ったわよね、ヴィンはあたしを妻にするつもりだって。でも、ヴィンって、女の子じゃん。結婚、無理じゃん。あたしと子ども作るなんて、ぜったい無理じゃん!」 あたしの直感を信じるなら、ヴィンフリートは女の子だ。 ということは……。
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